_塚本三郎元民社党委員長小論集_

生かされたと悟るのが道徳、宗教     二十四年十月上旬    塚本三郎


不平等こそ発展のもと

 仏教を説いた釈迦は、自分の死後、二千年を経過した以後を「末法」と位置付けた。
 人間の持つ感情と欲望は、年と共に身体だけではなく智能の充実が加わる。その予測は、世界発展の歴史が証明している。
 そして「末法」到来から既に数百年を経過した。
 人智の発達は、単に、幸福追求のためだけではない。それを妨害する能力も同様に狡智として付随して発達する。
 既に、その姿を釈迦の説く仏教では「釈迦に提婆」の行動として、明示している。
 二十世紀は、地球上で各国が武器を執って敵対する戦争の世紀と位置付けられた。
 地上に生成した民族集団が、その住む領土を国家と名付け、平和と豊穣を築き上げて来た。その国家と呼ぶ大地には、人間の生きる為の、衣・食・住に適、不適がある。
のみならず、天上の気候と風土にも大きな差異が在って平等ではない。天上天下、不平等の限りが、この地上世界の現実の姿である。

 差異と不平等は、単に人間の立場で論じるだけではない。地上に生きるものは、人間と同様に生きる各種の動物もまた、弱肉強食の不平等を甘受しながら共存している。
 大自然は、人間の独善的思考で、生きて来て歴史を築いていると自負して来たが、実際には「活かされて来た」と省みるべきではないか。
 人間には、運、不運と呼ぶ、不測の事態に遭遇する場が多々在り、漸く自分の力以外に他の大きな、抗することのできない力の存在を認めざるを得なくなった。
人間の存在は努力がすべてであると、そう信じることこそ人間の自惚れである。すべてが生かされている、と謙虚に悟るべきではないか。
「末法」以前の先祖は、もっと謙虚であり、素直であったと思うが如何か。

 その抗することの出来ない力こそ、神と崇め、仏と信じて来たのが、先祖の賢い態度であったろう。例えば川の流れに抗して逆流に向かって渡るよりも、その流れに沿って舵を切ることが、自ら対岸に辿るのに便利な方途であることは、経験が教えて余りある。
 道徳、宗教が、その経験を土台として、人間特有の生きる道を生活の中に取り込んだ。
 人間社会では反対(敵)が在ってこそ、生き残る智慧と、体力を鍛える必要を悟る。
成長と発展の根源は、仲間同士は勿論、天上、天下、すべて平穏無事ではない。それは、成長発展を期待する大自然の試練、つまりは、警告から激励へ、そして達成への努力の積み重ねが、感激を目標とする、絶頂感を求める、生者の希望であることに気付く。

日本の政界は 

 自民党の一党支配が長く続いた。悪政と言わなくとも、賞味期限の切れた食物の如く、国民は新鮮な、まつりごとを期待して、民主党政権が、圧倒的支持率を得て誕生した。
民主党の鳩山、菅と二人の前首相は、選挙の際の公約実現(マニフェスト)の、第一歩さえも進めることなく無残に失脚した。
民主党の選挙公約は、国民に嘘を並べたのではない。
自民党の無責任と、国家の在るべき姿を、行動に移さない姿を見た腹立たしさから、野党時代に画いた理想を、大きく並べ立てて勢いに乗り、マニフェストとして並べた。
だが、政権を手にして、はじめて現実は、そんなに甘くはない。政権の重さを知り、野党暮らしの為の経験不足が露呈されたことを悟らさせられた。

地涌の菩薩出現か

 鳩山、菅の二人の失政を経て、新鮮なマニフェスト、そして責任感も失わないよと、野田首相は、硬軟取り混ぜて弁明しているのが、今日の政治姿勢である。
その結果は、民主党の選挙公約を忘れたかの如く、経験者である自民党の意を汲んで、先ず消費税増税一本に的を絞って実現させた。これに対して、民主党主役の言、即ち、
「民主党をして、自民党へ身売りした」との小沢一郎氏の評は的を射ている。だが自民党の主張こそ、国家財政にとって出来得る、限界近くであるのに、それを超えて理想として並べ、マニフェストを立てた小沢氏の、無理で、やり過ぎた当時を指摘したい。
野田政権は与党内から、ボロボロと脱党者がこぼれ落ち、崩れゆく姿は見るに堪えない。政治家は、政治権力の座に就けば、次々と自称賛同者が現われて、仲間が増えるのが通例であるのに。野田首相の場合は反対ではないか。それでも野田首相は幸運か。
民主党の抱えている内部崩壊の実情は、野党である自民党にも伝染しつつある。

 自民党こそ次の第一党代表は、即政権の首座を目指すことであるとみて、われもわれもと、民主党同様に、内部の協力一致ではなく。党内事情を軽視しての、内部分裂そのものを示して来た。――かくして、既成政党の融解現象がスタートしている。
その顕著な姿の一つが、橋下大阪市長の唱える「日本維新の会」となっている。
為政者が、時を経て、平穏無事、安穏をこととするときには、奮起発展の為に政権に対して、仇や敵が現われると前述した。その対立が、天意を得て、事なきを得るとは限らない。世は乱れ、争乱の機運が更に国内、国外に騒動、波風が立ちはだかる。
野に在る人士は、黙視できず、国家を支えるため、各地域で憂国、愛国の叫びが湧き上がる。仏教では、これを「地涌の菩薩」と呼ぶ。
大阪に産声を上げた「日本維新の会」も、「地涌の菩薩」の一つと称すべきか、この声はやがて東京、名古屋へと、三大都市から期せずして日本全国に拡大されつつある。
この声が、既存の民主党、自民党をして覚醒させるのか、或いは、更に大政党を崩壊させて、在野の新しい「維新の会」が取って代わるのか。注目に値する。
自信のない国会議員は、所属政党を離れて、維新を叫ぶ各党へ鞍替えすべく、浮足立っている。理念や政策よりも、議員としての地位が第一の目的とする、卑しい姿が目立つ。
連立か、政界再編か

 冷静に、我が国の政界を達観すれば、日本国民はより良い選択と信じて民主党を圧勝させた。その選択の誤りに気付いたのは、政界ばかりでなく。国家、国民各階層の指導者が、民主政治の真に在るべき姿を求めての結果であった。そして怠惰な選択は、その結果が、我が身に降りかかってくることを、現実の姿として、学ばさせられた。
 民主主義が、愚民政治、堕落政治、数による暴力政治、の三悪政治であると喝破したのは、約二千年前ギリシャの哲人、アリストテレスの名言であった。
 それでも、独裁政治よりも、ベターな政治として民主制が今日に活用されている。
多数党である民主党の野田首相は、国会が死につつあるのに、迷走を重ねている。
それを阻止すべき野党の自民党が、国会解散を目的として、民主党に致命傷を与えた。参議院での(問責決議案に同調)したことである。  
それゆえ、国会は死んでしまい、国費だけは大量に浪費し尽くしている。

 それでも野田首相は、国政の再出発、即ち国会解散を避け続けている。国会の機能が死滅し、政治機能がマヒしていても、解散を断行すれば、民主党の崩壊と直結するから。
日本国家に対して官僚だけは幸いにして、足蹴にされながらも必死に行政を続けて、どうにか国政は生き続けている。
自分自身が大切、そして所属する民主党在っての首相だと「国家は眼中に無い」かの如く、
民主党が生き延びる為には、政権を欲しがっている自民党の野心に応えれば良い。
ならば民、自、公の三党が、政治生命を懸けて頑張って、消費税と社会保障の一体改革を成立させた、二ヶ月前を思い起こせば、あのこと自体、三党連立政権そのものであった。 
与党民主党も、野党自民党も、各議員は、一日でも長くその任に在りたい。そんな空気を見てとった、一部政界や言論界の長老の言は、国会の内外に広がって来つつある。
それを国会全般に広げ、現実の政局に持ち込む「三党連立政権」を求めるのが良い便法だ。それを期待する多くの長老もいる。

 だが「連立政権」は野合である。国民の前に理念を掲げて、長年国政の基本を示し支持し、維持されて来た、各自政党の理念や、基本政策の違いを、どう乗り越えるのか。
国家的重大政策に直面すれば、直ちにその内閣は分裂することが眼に見えている。
それこそ、全くの野合である。万一、それが最善の策だとしても、三年前に掲げた公約破綻を、ひとまず清算することこそ民主政治の常道である。

 かつての三党一致は、消費税増税と云う、ひとつの政策では、民主が自民に歩み寄った、憲政の常道に従った唯一の例外的な一致で、それを政局全般に応用するのは、各政党の自殺行為ではないか。
一方、総選挙を改めて断行すれば、各政党はどうなるのであろうか。
既存の大政党とて前述の如く、過半数を得ることは、不可能とみる。それで良い。
その時こそ日本政治再生のスタートとなる。その時こそ、国政の理念を大々的に掲げて、お互いに、基本政策を中心にして、政界再編成が期せずして歩み始める。それが一挙に出来るか、繰り返しの離合集散となるのか予測出来ないが。

 「近いうち」に実施される衆議院総選挙の結果による。恐らく何れの党も、一党で過半数を制することは、無理とみる。ならば、理念と政策の合一した政党同士が、各主張を掲げて、「この指とまれ」で、相集まって新党、即ち「政界の再編成」を行うこととなろう。その時、日本国家の直面する、必要不可欠の基本条件を、期待をこめて述べてみる。
第一に憲法の異常性を改正し、独立国家として当然の姿に改める。第二に他国からの侵攻に対処し防衛力を強化。第三に不況克服の為の内需拡大、即、公共事業の拡大と円高の是正。第四に教育の重視、「教育勅語」の精神の復活。第五に官僚行政の改革、即、緊縮行政の断行。第六に地方行政の重視、等々。
今日ほど政治が全責任を持って、「国政の在るべき正道」に立ち戻る必要を痛感する時代はない。まさに「平成維新断行」の期待と云うべきである。
折しも、自民党大会で安倍晋三氏が新総裁に選ばれた。(九月二十六日)
彼が掲げた主張は、右に述べた六項目と、ほぼ同じ政見を発表している。
「近いうち」に行われる衆議院選挙で、自民党が躍進し、安倍新総裁が政権の中心に就けば、寂しい日本政局に、新しく、希望に満ちた前途が拓かれると、大いに期待する。






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