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今、「岸信介」を理解するとき

 岸信介の履歴を、ここで述べる必要はないので、私なりに今後を含め、思うことを書いてみたい。

 「昭和の妖怪」と異名を持つ岸信介は、戦時中の内閣総理大臣、東條英機が、内閣改造を行おうとしたところ、閣僚の一人であった岸信介が造反し、東条内閣は、総辞職に追い込まれた。
 東條暗殺計画なるものもあったようだが、総辞職となったことで、実行されることが無かったことを考えると、日本の、その後に大きく影響を与えた出来事だったともいえる。


【内閣総理大臣東條英機(最前列中央)ら東條内閣の閣僚と岸(前から2列目左から2人目)】
資料:wikipediaより

 岸信介といえば、現職総理時代を知る人なら「日米安保新条約」=「安保闘争」が、連想されるであろう。
 孫にあたる安倍晋三元総理が「戦後レジームからの脱却」を唱えたが、祖父、岸信介こそ、それに奔走し、結果が、日米新安保だったのではないかと、最近、特に思うようになった。
 当然、本人が、望む本来の形ではなかったであろうが、敗戦により、日本の置かれた立場、吉田茂からの流れ、そして、日本国内に放たれた左翼運動との闘い、という状況で、近隣に存在する脅威「ソ連」を見据え、何とか、日本をひとつの国家として保つ、そのときの最善の方法だったということだ。
 調印に至るまでの反対派による騒動は、日本を揺るがしたが、それに対抗するため、裏社会の力まで、堂々と動員したところは、今の政治家では想像もできない。
 ただ、安保体制は、この時代の処置であり、その猶予期間に、最低でも日本人の防衛意識だけは、変えなければならなかった。次世代政治家が、それをするべき立場にいたはずなのだが、ところが、それに逆行し、防衛を他人任せとすることにドップリと浸かってしまい、北朝鮮による日本人拉致問題や、尖閣問題などの禍に対応できない状況を作ってしまった。

 昨年10月、李登輝元台湾総統の淡水事務所を訪ねたとき、李登輝元総統は、岸信介の名あげ、「日本の再興を真剣に考えた最後の首相」と言われた。台湾人から見た岸信介は、日本以上に彼の真意が、理解されているようだ。


【安倍晋三元総理:岸信介の孫。今後も期待したい。写真は自民党幹事長時代に撮影したもの】

 岸信介は、児玉誉士夫らの裏社会から、朴正煕韓国大統領や蒋介石中華民国総統などと、「反共」共闘関係を持っていた。朴正煕は、満州国軍将校であり、蒋介石は日本と戦った中華民国総統。
その後、毛沢東の共産党軍との内戦で敗走したのだから、共産主義の防波堤に位置する者としての自然な共闘関係だろう。
 しかして、台湾での蒋介石の評価は極めて悪い。独裁者であり、それまでの規範であった日本の教育を否定し、賄賂体質を持ち込み、台湾全土に広がった2・28虐殺事件を起し、長年に渡って台湾人を弾圧したことが次々と明るみに出てきた。
 日本が、中共対策として、支持していた蒋介石は、台湾において、毛沢東と同じく、人民への弾圧を行い、反日教育をしていたのである。それが、日本では、「徳を以て怨に報いる」という蒋介石の言葉が独り歩きし、シベリア抑留をしたスターリンに対し、日本兵を早々と帰還させた蒋介石を「寛大」と評したのだ。


 この蒋介石聖人イメージを作った人物の中に実は、岸信介がいる。
ならば、台湾人にとって岸信介は、断じて評価されないことになるのだが、前述の如く、そうではない。その疑問を解いたのが、昨年、お会いした、台湾独立連盟主席、黄昭堂氏の話だ。

 ある時、「蒋介石神話は真っ赤な嘘だが、岸先生はそれを知らないのか」と本人に問い詰めたところ、「それが外交というものだよ」と返されたという。
 岸信介は、蒋介石の腹積もりは、十分承知していたが、大陸を支配し、強大となった中共から台湾を守るためには、蒋介石を持ち上げておく必要があった。そこで、蒋介石神話を利用したというわけだ。
黄昭堂氏は「さすが狸親父」と感心し、岸信介を尊敬するようになったという。
 彼は、続けて「日本人が台湾への親しみを持つのも、その誤解が好いようにはたらいたと思う」とも述べた。岸信介も素晴しいが、流れを善意に解する、黄昭堂氏も素晴しい。
 岸信介は、誤解され、理解されなくとも、信念と責任感で日本の将来を見ていたことが伺える。

 それに比べ、森喜朗元総理は、近年、日本李登輝友の会主催の宴会で、蒋介石の「以徳報怨」演説を引き出して、彼を褒め称えたというから、無知も甚だしい。岸信介のそれは、「方便」であり、今の時代に、同じことを言ったのでは、岸信介の真意の真逆になるであろう。
 岸信介の真意を知る時代に今、来ていることを痛感する次第である。


【農商務省時代(大正12年)左から良子、信和、佐藤栄作、岸信介、吉田寛の諸氏)】
資料:wikipediaより
平成23年1月10日 記 
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