樋泉克夫教授コラム

 【知道中国 863回】                   一三・二・仲八

 ―――「神々は滅ぼそうとするものを先ず狂わせる」

 『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)

 「けちな軍功歴しかないこの自信過剰の若造」と毛沢東が評したとされる金日成に率いられた「北朝鮮の大軍が三十八度線を突破した時期、マッカーサー将軍の関心はひたすら日本の政治的発展に注がれ」、「日本の変革と、きたるべき対日平和条約はマッカーサーの勤務日のほとんどすべてを吸い取っていた。かれは麾下のアメリカ軍――占領軍――に関心らしい関心を払っていなかった」。

 その結果、「占領軍はそのころには太平洋で日本軍を打ち負かした強大な軍とは似て非なる存在になりさがっていた。定員割れし、装備は貧弱、訓練は不足するいっぽうの状態だったが、それでもマッカーサーの心配の種にはならない様子だった」。であればこそ、「韓国への関心はそれよりもさらに薄かった」ことも当然だろう。ならば朝鮮戦争の緒戦にみられた北朝鮮軍の快進撃も、予め予想されていたともいえるのではなかろうか。

 著者は、中国大陸における毛沢東の勝利と蔣介石の敗北が朝鮮戦争の原因の1つだったと説く。それは、とりもなおさずアメリカが進めた積年の中国政策の失敗を意味しよう。

 中国大陸における19世紀半ば以降のアメリカ人、ことに宣教師の活動を振り返りながら、著者は「多くのアメリカ人の心のなかに存在した中国は、アメリカとアメリカ人を愛し、何よりもアメリカ人のようでありたいと願う礼儀正しい従順な農民たちが満ちあふれる、幻想のなかの国だった。・・・多くのアメリカ人は中国と中国人を愛し(理解し)ているだけでなく、中国人をアメリカ化するのが義務だと信じていた」。だが、「かわいい中国。勤勉で従順で信頼できるよきアジアの民が住む国。第二次大戦中、そう教えられた国(日本の場合はごく最近まで、ずるくて卑劣、信用ならない悪いアジア人が住んでいる国と考えられていた)が突然、共産主義者になったのだ」。

 元来は「中国はアメリカのものであり」ながら、第二次大戦は共産党政権を誕生させてしまい、結果として、中国を「アメリカは失ったのである」。じつは「アメリカの失敗はアメリカのイメージのなかの中国、実現不可能な中国を創ろうとしたためだった」。その原因は、アメリカ流の大胆な指導力を求めた蔣介石が「アメリカの政策遂行の道具としてはほとんど使い物にならな」かったからであり、だから「わが国(アメリカ)の政策は詰まるところ、すでに死んだしまった政府への支援の継続であった」ことになる。ヤレヤレ。

 かくして毛沢東は中国を手中に納めたわけだが、彼は金日成のみならずスターリンにも強い不信感を抱く一方で、「財政的にも、人的資源の面でも、厖大な犠牲を伴ったにもかかわらず」、敢えて朝鮮戦争への介入を決定した。それというのも、じつは「(朝鮮)戦争は中国人民をかれに結びつける手段だった」からだ。朝鮮戦争は、「自分は至高の洞察力を備えた偉大な指導者だと勝手に思い込んでいた毛沢東を、まさにそのようなものに祭り上げる結果になった」。

 まさにアメリカの対中政策の失敗が毛沢東を生んでしまい、朝鮮戦争を誘発しただけでなく、朝鮮半島での死戦が毛沢東を「偉大な指導者」に「祭り上げ」、中国をして大躍進という「たぶん狂気に向かう最初の曲がり角」を曲がらせてしまったというのだ。 

 身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ゴ都合主義――アメリカの対中政策が内包する病理こそが、朝鮮戦争を招き寄せてしまった。ならばアメリカ外交の病理が治癒されないかぎり、これからも東アジアの混乱が続くことを覚悟すべきだ。《QED》



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