樋泉克夫教授コラム

 【知道中国 842回】                  一三・一・初二

 ――言わせておけば、いい気になって・・・(3)

 『中国夢与中国道路』(周天勇 社会科学文献出版社2011年)

 著者は共産党の高級・中級幹部と理論家を養成するための教育機関である中央党校の教授で同校国際戦略研究所副所長というから、この本が語ろうとする「中国夢与中国道路(中国の夢と進路)」には、共産党の理論権威の公式的な意向が反映されていると考えて間違いないだろう。

 著者は30年先の中国の人口を現在の13.4億人から15.5億人に増加するとしたうえで、都市化は必然の傾向であり、2040年には全人口の80%に相当する12億の都市住民が生まれる。「中国農民のこのような都市住民への夢は、規模の大きさ、流動性の激しさにおいて世界史上空前である」とし、その先に①快適な居住環境、②充分で安定した収入、③医療・年金・貧困対策などを柱とする社会保障、④治安・教育・通信・上下水道・電気など公共サービス、⑤健康で安心・安全で人間的な生態環境を想定してみせる。

 一方、農村に残るであろう20%の人口を「現代化過程における新村民」とし、彼らが都市住民に相当する生活環境を享受するための過重な負担を、予算や対応部署も含め「世界各国の発展史上からみても空前の規模」になると想定する。

 著者は、以上のような社会環境で「自由、民主、平等、公平、公正、正義と秩序ある和諧(調和)社会において中国人1人1人が仕事し生活する」という「中国夢」を実現させるためには、「中国文化における力戦奮闘・刻苦勉励の伝統」を持ち出し称揚する。「中国における生活者と政府とが積み重ねてきた倹約・貯蓄の生活と理財方式」は「欧米人と欧米の政府による借款・負債・借金まみれの生活と理財方式」に比して数段優れていることが、「欧米における金融・財政危機」のなかで明らかになったと胸を張る。

 かくして「中国における貯蓄を基盤とする投資型の生活と理財方式こそが、これまでの30年に及ぶ中国経済の高度成長を促した。最も重要な点は、膨大な人口ながら相対的に資源が不足する中国では、中国の優れた文化である節約という伝統を発揚し、簡素で快適な生活を求め、節約型の社会を建設すべきである」とし、「中国自身の優れた言語文化、思考方法、思想文化、生活習慣、社会風俗、人間関係、道徳規範などの文化伝統を継承し、胸を張って広めることだ。これこそが世界において中国人が際立って優れた特徴であり、中華民族の団結力を保持・強化し、中華民族の21世紀における大復興を実現し、併せて長期に亘る発展へのカギである」と熱っぽく説く。

 なにやら大仰な物言いだが、「中国夢」を実現するためには伝統的な生活に頼るべし、ということにすぎないようだ。経済的には規制緩和を進め民間活力を刺激し創業・就業機会を増大させ、徴税制度を含め政府の財政・徴税体制を改革し税収を確保し、大胆な制度改革を進め土地や国有資産の流動性と収益性を高めるなど、「中国夢」の実現に向けての数多くの「中国道路」を大胆に提言するが、肝心要の政治面での「中国夢」が判然とはしない。

 確かに政治的な「中国夢」を目指す「中国道路」も示されてはいるが、僅かに「党内民主を確実に推し進め」るなら、「活力と秩序が統一的に保たれ、自由にモノが言える和やかで統一された社会主義社会が形成される」と実に素っ気ない。問題は、どうすれば「党内民主を確実に推し進める」ことが可能なのか、という点であろうに。

 この本に拠るなら、今から30年後も共産党の一党独裁は続き、15.5億の中国人は「力戦奮闘・刻苦勉励の伝統」を発揮しているということのようだ。「中国夢」・・・儚いなあ。《QED》