樋泉克夫教授コラム

【知道中国 831回】              一ニ・十一・念五

 ――中華民族って、中華民族に戻っているだけのようですね

 『中華民族到了最缺徳的時候』(孔捷生 文化藝術出版社 2011年)

 香港に行くと、何はさしおいても「蘋果日報(アップル・デイリー)」を買って読む。同紙の特徴は反北京の姿勢を貫こうとする点だが、もう1つは紙面に掲載された夥しい数のカラー報道写真だ。数年前、同紙本社で社長兼論説主幹にインタビューした際に写真多用の理由を尋ねると、「これからの新聞の命は目を通して一瞬のうちに読者の脳髄に衝撃を与えることだ。我われが売っているのは文字情報ではない。感情であり感覚だ」と熱っぽい言葉が返ってきたことがある。車体の下の真っ赤な血の海に横たわる遺体写真は、「悲惨な交通事故がありました」などと千万言を尽くすより、事故の凄まじさ、被害者の無念さ、遺族の痛ましさを雄弁に物語る。報道倫理、人権・・・それって何ですか、である。

 香港ですら、我われ日本人の感覚とは大きく違うことを痛感させられるもの。とはいえ、そういったアブナイ写真を見たいなどという悪癖に誘われて同紙を買い求めるわけではない。じつは現在の権力と金力とがズブズブに混じりあった「共産資本主義」が横行することで、中国大陸は底なし沼のように「徳を缺」く社会に堕してしまったと嘆き批判する孔捷生のコラムが楽しみだからだ。 

 著者は広州で1952年に生まれている。いわば習近平、李克強ら新しい指導者と同世代で、毛沢東思想で教育され、青年期に文革を体験している。やがて毛沢東にも共産党にも絶望した著者は文学に。この本は最近数年のコラム200本ほどを集めたもの。内容の全てが納得できるわけではないが、面白い。試みに「お笑い新中国」の一部を紹介すると、

■深圳市長の許宗衡が汚職と不正蓄財容疑で逮捕された。党の汚職摘発係官が家宅捜索し巨大な金庫を見つけたが開け方が判らない。泣く子も黙る党規律委員会のヴェテラン職員が、8文字の暗号で開くだろうと目星をつける。そこで係官は「芝麻開門、芝麻開門(開けゴマ、開けゴマ)」、「上天保佑、昇官発財(天のお助け立身出世、がっぽり蓄財)」、「人為財死、鳥為食亡(ゼニのためなら命も要らぬ)」などと次々に声を掛けたが開かない。万策尽き、許を金庫の前に立たせる。すると許は故里の湖南訛りで厳かに「清正廉潔、執政為民(命の限り人民のため)」と。すると、あれほどまでに固く閉まっていた金庫の扉がスーッと開いた。金銀財宝がギッシリと詰まっていたことはいうまでもない。

■子供が母親に「ねえ、共産党ってな~に」。すると母親は「父ちゃんのようなものさ。何から何まで口出すが、とどのつまり、な~んにもしない。でも一日中、文句タラタラ。エラそ~にしてるだけ。役立たずの有難迷惑」。次いで子供は「じゃ、政府って」。母親は「おっかさんのようなもんさ。朝から晩まで父ちゃんに叱られっぱなし」。「じゃ、全国人代って」。「おじいさんだよ。一日中、鳥籠持って小鳥と遊んで、な~んにもしない。いい気なもんさ。クソっタレが」。「じゃさあ、政治協商会議って」。「婆ちゃんみたいなもんさ。朝から晩までガミガミ騒ぐが、誰もいうこと聞かないだろう。愚の骨頂さ」。「そんなら共産党規律委員会って」。「お前だよ。大口を叩くが、やっぱり父ちゃんと母ちゃんには頭が上がらない。食べるも着るも、やはり父ちゃんと母ちゃん次第だもんね」

 「中華民族の徳」を失った共産党幹部は中国語・英語・ロシア語・日本語ではなく、仮話(ウソ)・空話(デタラメ)・大話(ホラ)・套話(常套句)の4種類の言葉に精通すると、著者は囁く。だが、この4種類は共産党が激しく糾弾し革命によって改められた旧中国の役人の悪弊だったはずだが・・・やはり官吏蓄財・共党麻痺・仮空大套・永遠不滅。《QED》