樋泉克夫教授コラム

【知道中国 821回】             一ニ・十・三〇

 ――「子々孫々にわたる日中友好」という病理
    
 「反日」という病理の次は、やはり「子々孫々にわたる日中友好」という“金看板”が如何に日本にとって有害無益であるかを考えてみたい。乍勝手、廈門訪問記は小休止。

 そこで参考にしたいのが、初期アメリカ大統領のワシントンがアメリカ合衆国国策遂行に当たる後輩大統領に与えた忠告とされる「訣別の辞」である。その一部に、
「・・・国家政策を遂行するにあたってはもっとも大切なことは、ある特定の国々に対して永久的に根深い反感をいだき、他の国々に対しては熱烈な愛着を感ずるようなことが、あってはならないということである。・・・他国に対して、常習的に好悪の感情をいだく国は、多少なりとも、すでにその相手国の奴隷となっているのである。これは、その国が他国に対していだく好悪の感情のとりこになることであって、この好悪の感情は、好悪二つのうち、そのいずれもが自国の義務と利益を見失わせるにじゅうぶんであり・・・。好意をいだく国に対して同情を持つことによって、実際には、自国とその相手国との間には、なんらの共通利害が存在しないのに、あたかも存在するかのように考えがちとなる。一方、他の国に対しては憎悪の感情を深め、そこにじゅうぶんな動機も正当性もないのに、自国をかりたて、常日ごろから敬意をいだいている国との闘争にさそいこむことになる」(A・C・ウェデマイヤー『第二次大戦に勝者なし ウェデマイヤー回想録(上下)』(講談社学術文庫 1997年)

 「訣別の辞」を一読したところで、現実の日中関係に戻ってみたい。

 日中関係が極度の緊張状態にあるにもかかわらず、これといった対策もとらず、任地で大使公用車に掲げていた国旗を“暴漢“に奪われる国辱的醜態を見せた丹羽前駐中国大使だが、オメオメと帰国した後の10月20日、母校であるのかないのか知らないが名古屋大学で厚顔無恥・無知蒙昧にも最近の日中関係についてゴ高説を垂れ、「このままほっておいたら最悪の場合、40年間の総理(全員)の努力が水泡に帰すかもしれない。(関係修復に)40年以上の歳月がかかる」と強い危機感を表わしていた・・・そうな。

 前大使は、尖閣諸島の国有化以来、中国において「日本が盗んだ」という認識が広がり、その「イメージが若者にすりこまれるのは大変憂うべきこと」と訴え、さらに尖閣問題が日本企業の中国進出に悪影響を及ぼすことに懸念を表明した・・・そうな。

 おそらく前大使の頭の中には、「子々孫々にわたる日中友好」を日中関係の大基本方針とする考えがあり、それは彼個人というより現在の日本の政財界一般の共通認識だろう。

 だが、ワシントンが「訣別の辞」で示した「他の国々に対しては熱烈な愛着を感ずるようなことが、あってはならないという」訓えに従うなら、「子々孫々にわたる日中友好」という惹句こそが、日本を「相手国の奴隷と」ならしめた要因であり、「自国の義務と利益を見失わせる」ことにつながったのではないか。やはり「子々孫々にわたる日中友好」は「自国とその相手国との間には、なんらの共通利害が存在しないのに、あたかも存在するかのように考え」させる外交的詐術だったのだ。

 「40年間の総理(全員)の努力」が、結果として尖閣諸島は「日本が盗んだ」という言い掛かりを招いた。ならば、いま冷徹に分析・評価すべきは、「子々孫々にわたる日中友好」に舞い踊らされ続けた「40年間の総理(全員)の努力」の内実だろう・・・に。《QED》