樋泉克夫教授コラム

【知道中国 818回】              一ニ・十・仲八

 ――おやおや人海戦術もアリですね・・・やはり

 思い出したが、次期共産党トップが予定されている習近平は福建における行政経験をバネにして中央権力への道を歩みだしたはず。85年の廈門市副市長(~88年)就任が福建への第一歩。以後、浙江省党委員会副書記に転出する02年までの間、寧徳地区党委員会書記、省都の福州市党委員会書記、福建省党委員会副書記・省長代理・省長などの要職を務めている。ちょうど王永慶が廈門を中心とした福建沿海部への進出を虎視眈々と狙っていた頃と重なるのだ。習近平と王永慶との間に“接点”はなかったのか。あっただろうに。

 胡錦濤から習近平の政権交代直前の9月末である。ならば王文淵の廈門訪問も、北京の主の交代と何らかの関係があったように思う。確かに穿ちすぎた見方かもしれない。だが彼らの行動を日本人的に素直に“納得”してしまうことは、やはり危険極まりない。「子々孫々までの日中友好」の美辞麗句に弄ばれた末の現在の惨状を見据えれば判るはずだ。

 海滄地区の大通りを進むと、道路の両側の歩道には国慶節を祝う飾りに混じって、「思想解放 率先垂範」などの文字が見える。「率先垂範」はともあれ、共産党一党独裁が続く限り「思想解放」は夢物語だろうと運転手に話しかける。「なあに、共産党って無原則だから・・・」。「共産党もそうだが、中国人も・・・だろう」と応えたら、2度目の沈黙。だが今度の沈黙は、先ほどの冷たい沈黙とは違う。自分たち民族が無原則であることを、ウスウスは感じているのだろう。

 面白かったのは何処から見ても判るような巨大な看板に、「偽ブランドたばこ製造販売の違法犯罪行為厳禁/製造機1台2万元/未成年の成長に関心を持ち、彼らの心身の健康のため良好な社会環境の創造と発展を」と記されていたことだ。

 中国が海外に喧伝する廈門経済特区の心臓部ともいえる海滄地区の巨大工場群のど真ん中に、この看板はないだろう。とはいうものの、この看板がウソ偽りのない現状を雄弁に語っている。この工場群のどこかで、偽ブランドのタバコがせっせと生産され、それを未成年がパカパカ吸って健康を害していることを、自ら素直に白状しているわけだから。あるいは偽ブランドを作り出す製造機も、十中八九の確率でニセモノに違いない。

 車は広大な海滄地区を抜け、内陸部に向かう高速道路に。160キロほど内陸の山間部に広がる客家土楼の見学に向かうためだ。

 車窓からは様々な看板が目に付く。「漳洲台商投資区はあなたを歓迎する」「安徽省・固鎮県 省級経済開発区 省級台湾工業区」など、台商つまり台湾企業家に投資を呼びかける内容のもの数多いが、やはり不動産関連も少なくない。たとえば「香江新城 百万平米欧式城邦 29~84㎡行政公館 年底入住」。百万㎡規模の欧米式建築で形作られた香江新城(香江ニュータウン)で、今年年末には「29~84㎡」の行政公館(事務所兼住宅)が入居可――文字からだけでは、こう判断できる。そこで運転手に「それにしても29㎡というのは狭すぎないかい」と尋ねると、すかさず「ダンナ、物好きがいますから」。

 1時間ほどで快適な高速道路も途切れ、工事中のガタガタ道に入る。穿り返され、砂埃の舞う道路を進むと、長さ30mを超える真っ赤な横断幕が。「一天当両天 雨天当晴天 黒夜当白天 奮戦百二十天 確保主幹道通車」と書かれていた。「1日を2日に、雨の日を晴の日に、夜を昼として、120日間奮戦し、幹線道路の通行を確保しよう」。獅子奮迅の敢闘精神・・・なんだか人海戦術が全てだった毛沢東時代にタイムスリップしたようだ。《QED》