樋泉克夫教授コラム

【知道中国 777回】                         一ニ・七・仲四

 ――跳梁跋扈する「愛国華僑」は越後屋だ

 和順村の人目に付き易い大きな白い壁には、江沢民政権で首脳を務めた朱鎔基の「和順和諧」、李瑞環の「内和外順」などの大きな文字が残されているが、どちらも現役を離れてからの揮毫のようだ。この2人もまた、孫文や胡適と同じように和順村の富にあやかろうとしたのだろうか。

 ところで騰冲で泊まったホテルの金源大酒店は市街地からかなり離れた丘陵地にあり、調度は超豪華で5つ星クラスを誇っている。豪華な夜総会(ナイト・クラブ)に健身倶楽部(スポーツ・クラブ)も併設され、夜の帳が降りる頃には、肌も露な衣装で派手な化粧の若い女性がペチャクチャと喋りながらの“ゴ出勤風景”もチラホラ。

 「国際首席休閑養生大城 world’s leading leisure and health metropolis」をキャッチ・コピーに、ホテルを中心として巨大リゾートの「騰冲世紀城 TENGCHONG CENTURY TOWN」を建設するのは世紀金源(GOLDEN RESOURCES)集団で、「不動産開発、豪華ホテル、大型ショッピング・モール、金融資本、鉱業開発、物流管理」を「六大支柱」とし、すでに中国市場には2000億元以上を投資したそうだ。創業者は「旅菲愛国華僑黄如論先生」で「旅菲」、つまりフィリピン在住の華僑企業家ということになる。これまでも数多くのフィリピンの華僑系企業家を見てきた心算だが、「黄如論先生」の名前は聞いたことがない。それはともかく、「愛国華僑」とはなんとも便利で都合のいい“接頭語”だ。

 企業経営者からすれば、「愛国」の2文字を掲げ、袖の下をタップリと用意しておきさえすれば、地方幹部(やっこさん)だって自らの持つ権力を存分に発揮して多少の、いやムリにムリを重ねた要求だって叶えてくれる。一方の幹部からするなら相手は「愛国華僑」、つまり海外に住んではいるが祖国を愛する華僑(どうほう)じゃないか。彼らに便宜を与えてどこが悪いと居直ることもできる。企業家にとっても幹部にとっても、「愛国」の2文字は水戸黄門のみが許された“葵のご紋”の印籠のようなもの。不動産開発に問題が発生し、当該地域の住民に反対運動が起こったところで、「皆のもの頭が高い。“愛国”の2文字が眼に入らぬか」と大声を張り挙げて押し切ることができるというものだ。

 やはり思想信条や政治的立場とショーバイとは分けて考えるというのが“常道”であり、これこそが中央政府から地方政府までを貫く幹部の生態というものだろう。
もうすぐ幕を引くことになる胡錦濤政権は次期政権下で影響力を保持すべく、目下のところ最大限の精魂を傾ける一方、自らの2期10年に及ぶ政権の成果を広く訴えようと「黄金十年、盛世十年」をスローガンに、党と政府の宣伝部門を総動員していると伝えられる。確か胡錦濤政権は「和諧社会(和やかで豊かな社会)」の実現を執政の大方針に掲げていたはずだが、芒市、畹町、瑞麗、龍陵、騰冲でみたかぎりでは、幹部と「愛国」不動産開発業者との間での「和諧社会」は実現しているように見えるが、老百姓(じんみん)の日常は「和諧社会」とはほど遠い情況に置かれているとしか思えない。

 たとえばホテルの周囲の見渡す限りに広がるリゾート・マンションや庭付きの1戸建て別荘だ。価格は150万元から500万元とか。騰冲の市街地で見かけた求人広告から判断して、騰冲での平均月給は2000元前後だろうか。ならば、150万元の物件を手に入れるためには、70年以上を飲まず喰わずで働かなければならない。500万元なら250年超。騰冲の“善良な住民”にとっては高嶺の花といったレベルを遥かに超えている。こんな物件を手にできるのは騰冲では幹部しかいないだろう。それも役得ってか・・・なあ越後屋。《QED》