樋泉克夫教授コラム

 【知道中国 773回】            一ニ・七・初六

  ――少数民族自治州は少数民族を囲い込むゲットーだった

 芒市市街を離れ、やがて山道にさしかかる。時に片側2車線、時に片側1車線ながら両端に充分な余裕を設けている道路は山肌を縫って左右に蛇行し、さながら緩やかなジェットコースターに乗っている気分であり、快適に奔る車窓からは、遠く近く高く低く周囲の景観が楽しめる。人海戦術なのか物量作戦なのか不明だが、ともかくも幹部が道路建設を決定するや四の五のいわせずにやり貫いてしまう独裁国家の“機能性”に恐れ入った次第だが、走行車両の少なさに“経済性”には疑問符がつく。とはいえ「四項制度」「行政問責事項」「国家工作人員十条禁令」に加えて「為人民服務」という幹部の作風である。公共工事のための公共工事。さても幹部は便々たる私腹を、さらに肥やしたに違いない。

 やがて山中を抜け平らな田園地帯へ。遠くにタイ風の寺院の屋根が見えるようになり、ここがタイ族の住む自治州であることを改めて知る。しばらく進むと徳宏タイ景頗族自治州と漢族の住む保山市とを限る検問所へ。ここでも龍陵手前の検問所と同じく厳戒態勢が布かれていた。銃を持った兵士が保山市方向に向かう車をしつこ過ぎるほどに入念にチェックしている。もちろん写真撮影も禁止だ。

 検問所の壁には「参与毒品闘争 構建和諧社会(毒品との戦いに参画し、和諧社会を建設しよう)」と大きくスローガンが記されている。毒品は不法薬物で、和諧社会とは豊で和やかな社会を目指した胡錦濤政治のキャッチコピーである。とはいうものの、やはり毒品との戦いを掲げて少数民族の漢族地区への出入りを厳しく見張ろうというのが実態だろう。

 別の掲示板に表示されていた「徳宏州物流業治安管理“実名登記制“正式実行」には、「一、他人に依頼され荷物を携行し、あるいは箱に梱包された物品を運送した者で、それら携行物・梱包物の中に毒品(やくぶつ)と疑われる品物があった場合には、速やかに検査官に申告し、実情を説明し、併せて検査を受けるべし」とある。

 これに続く条項を書き写すつもりでいたところへ、間の悪いことに銃を持った兵士が近寄ってきて、「不許」。トボケてそのまま書き続けようと思ったが、汗臭い戦闘服に獰猛な顔の下は剽悍な体つき、おまけに手には銃である。残念至極ながら、ここは三十六計しかない。引き下がるのが得策だろう。書き写した部分と微かな記憶を頼りに考えれば、これまでは「他人に頼まれたので荷物やカバンのなかに何が入っているか判らない」などと言い逃れ、毒品を自治州から漢族地区に運び入れていた例が多かったということのようだ。

 かくして「物流業治安管理“実名登記制“」が「正式実行」となった次第だろうが、やはり上に政策あれば下に対策あり。これからも、政策と対策の鼬ゴッコは際限なく続くはず。だが、少数民族が居住する自治州から漢族居住区への幹線道路に検問所が設置され厳戒態勢が採られているということは、少数民族と漢族の間の「和諧社会」を目指しての措置としては些か無理がある。やはり毒品対策をカンバンに掲げての少数民族囲い込み策としか思えない。ならば少数民族としても対策を捻り出さざるを得ないだろうが、圧倒的多数の漢族を前にしては、少数民族の考え出す対策など効果を期待できそうにない。とどのつまり、漢族による漢族のための漢族による「構建和諧社会」という辺りに落ち着きそうだ。

 途中の小川という小川には「厳禁密漁」の看板が。どうやら一帯では川魚の密漁が盛んらしい。左折する道路に一瞬ながら「赴密支那」との標識がみえた。もうすぐ騰冲だ。《QED》