樋泉克夫教授コラム

 【知道中国 753回】                 一ニ・五・仲八

    ――「迷薬」「黒車」「汽槍」・・・ダンナ、なんでも用意しますぜ!


 街角の壁には印刷された広告がベタベタと貼られているが、美容院、幼稚園、英語学校、スーパーマーケット、レストラン、工場などの求人広告、空き店舗や倉庫の転売、それに住宅の入居者募集や購入希望、高級腕時計販売、公務員試験予備校の生徒募集、自動車転売、土地譲渡、閉店に伴う出血販売、公営市場の人材募集など多種多彩だが、なかには行方不明になった愛犬を探している広告もあった。

 愛犬の写真付で、「私は2012年4月21日午前、黒と白のブチのアラスカ犬を園丁小区で失くしてしまいました。愛犬は20キロほどの幼犬で、鼻の真ん中が紅いのが特徴です。心優しい方に救われていることを望みます。重要な情報を提供くださる方、愛犬を取り戻すことに協力願える方には、高額の謝礼を提供させて戴きます」とあったが、まあ常識的に考えれば、愛犬クンは、今頃は十中八九は何処かの誰かさん達の胃袋の中だろうな。

 また尋ね人の広告もあった。もちろん顔写真付で、「某某村の李春海。2011年11月20日早朝、人民医院玄関から失踪。身長1.73米で痩せ型。精神に異常あり。右手中指第一関節から先は欠損。家族は八方探したが手掛かりみつからず。心優しい方でお心当たりのある方が居られましたら、以下の電話に連絡願います。必ずや謝礼を致します」と記されていた。

 この種のビラは当たり前といえば当たり前で、そう興味を引くものではない。やはり面白いのは、たとえば「13407488137 貸款」と壁に黒のカラースプレーで殴り書きされた暗合のような広告だろう。数字が電話番号で「貸款」の2文字が内容。つまり違法サラ金だろう。「低息無抵押貸款」というのも見かけたが、これは低利・無担保ということ。「弁証」というのは弁証法の略ではなく、じつは役所への申請事務代行である。この3種の広告から、やはり空前のバブル経済の渦中で庶民は目先の現金に窮している一方、役所への煩雑な申請業務が日常化していることを物語っているようだ。

 貸款、低息無抵押貸款、弁証などは過去に訪ねた河北省や旧満州各地の地方都市の路地裏でも多く見かけたが、今回歩いた芒市、龍陵、騰冲で初めて眼にしたのが「黒車」「低価黒車」「迷薬」「槍支迷薬」「汽槍麻果」「各種槍支」「汽槍」「専営汽槍」「専営汽槍猟槍」だった。文字を並べただけでもなにやら物騒なショウバイであることは判断できるはず。

 街を歩いている人に黒車の意味を尋ねると自家用車とのことだったが、それはウソだろう。ヤクザの世界を黒社会、戸籍のない子供を黒戸子というように黒には不法・違法・正当ではないという意味が込められているところから、恐らく黒車は盗難車の類ではなかろうか。ここは国境の近く。あるいは東南アジア辺りで手に入れた盗難車を売り捌く商売かもしれない。ならば低価黒車は盗難車を格安で売ります、ということになる。そこで黒車牌(にせナンバープレート)の売買も十分に考えられる。

 迷薬と麻果は同じような意味で、幻覚剤・覚醒剤・麻薬のことだろう。これもアブナイが、槍支、汽槍、猟槍となると、さらにアブナイ。槍は銃、汽槍は空気銃、猟槍は猟銃。そこで各種槍支は銃各種、専営汽槍は空気銃専門、専営汽槍猟槍は空気銃・猟銃専門ということになる。ホテルに戻ってインターネットで検索してみると、中国で出回っている空気銃は多種多彩だが、どれもが業者が十二分な殺傷能力を保証していた。

 盗難車、麻薬、銃器などが安易に入手可能。どうやら国境の街では違法商売が日常化していた――「和諧(和解)社会」を掲げた胡錦濤政権10年の現実ということだろう。《QED》