樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 740回】              一ニ・四・仲六

     ――21世紀、「中国人は『理想の国』に向かう」そうです・・・

     『大予測 21世紀的中国』(華・姚・黄主編 中国民族大学出版社 1994年)


 この本出版の5年前に起こった天安門事件によって、鄧小平が掲げた開放路線は頓挫の危機に陥った。“民主派圧殺”を批判し欧米政府が中国への経済制裁に乗り出したからである。だが、いまから20年前の92年初頭、鄧小平は開放政策=市場化に批判的な保守派を切り捨て、南巡講話によって「儲けるヤツは誰でもいいからトットと儲けろ」「貧乏は社会主義ではない」と開放政策を加速させた。かくして中国は天安門事件の後遺症を脱し、現在に繋がる傲慢・金満超大国への道を驀進しはじめたのだ

 この本出版から3年ほどが過ぎた頃から中国では『中国会説「不」(「ノー」と言える中国』といった類の書名に「不」を織り込んだ本が続々と出版され、97年の香港返還へと続き、一部であれ国民が開放路線の“おいしさ”を感じ、大国に相応しい立場を求め始めた。そんな時代に出版されたこの本は、21世紀の中国を次のように描きだす。

■経済:発達した市場と強大な国家という「2本の巨大な手」を持つ21世紀の中国は華南、西南、上海・長江中下流域、渤海、西北、東北の「六大経済区域」から構成され、国有企業は全面的に民営化され株式会社化する。台湾、香港をも包括する「中華経済圏」は「EU、北米自由貿易区と競い成長」し、「中国は必ずや世界の頂点に立つ」。経済成長の結果、①きめ細かい社会保障制度、②失業保険制度、③高度な労災保険と医療保険制度は完備され、「21世紀に到ると同時に、中国人は『理想の国』に向かう」。

■都市と農村:地球がそうであったように、輸送・通信手段における格段の技術革新により「中国は小さくなり」、深圳、上海浦東、西安、武漢などの大都市は一層の国際化を果たし、北京と上海は一体化した巨大な都市となる。依然として国民経済の根幹をなす農業においては市場農業、商品農業、大農業からなる「彩色農業」が主流となり、農民は非農業部門からの多くの収入をえることで日常生活を一変させ、全国各地農村には「農民城(農民都市)」が生まれ都市と農村の格差は限りなく縮小し、同時に農業人口は減少する。

■科学技術と環境:天候をコントロールし、大煙突を持ち環境に大きな負荷を与えるような工場は都市からは消え、環境保全型の観光産業が発達し、医療と食生活の改善が人民の寿命を延ばす。21世紀の中国経済は飛躍的成長を遂げることから環境問題は軽視できないが、「しかるべき有効な措置を採ることで、生態環境悪化を制止する」。

■軍事:たんなる軍事力の増強ではなく、政治・軍事・経済の3部門を有機的に統合化した「大国防」という路線を確立することこそが、「21世紀中国の希望であり、その希望を保証する」。「軍事科学研究と軍需産業と民需工業との一体化、軍隊建設と経済建設との併進、国家における合理的な経済体制と産業システムの形成」を断固として進めることで、「新しい時代への欠くことのできない“入場券”」を確実なものにする。

 以上の他に人口、教育・文化などについて予測した後、「未来が歴史に告げている。百年をかけて中国人が目指した富強への夢は、ほどなく実現する」と結論づける。

 景気のいい空想未来譚が次々に語られるが、政治についての言及は一切なし。どうやら共産党による一党独裁体制は21世紀も続くことは規定の路線のようだ。ならば今後とも、文革時の林彪やら最近の薄熙来のように昨日までの国家指導者級幹部が犯罪者と断罪され、ワケも判らないままに葬り去られる奇々怪々な椿事は続くわけですね・・・やれやれ。《QED》