樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 718回】            一ニ・二・念七

    ――ボクたちだって革命戦士だったんダイ・・ッてか

    『両個小旅客』(上海港工人業余写作組写 上海人民出版社 1973年)


 文革期に出版された革命教育のための典型的な絵本である。

 その日早朝、金ばあさんは9歳の金鈴チャンと7歳の金銘クンの2人の孫の手を引いて上海の客船埠頭事務所を訪ね、「孫2人だけで建設事業支援に出向いている両親を訪ねることになりました。どうか宜しくお手配願います」と頭を下げた。応対した担当職員の魏剛が「今晩、折りよく重慶行きの便がありますけど、どうしますか」

 ひとまず帰宅し旅支度を済ませ、3人は夕方に埠頭へ。すると魏剛が「おばあちゃん、私が2人の面倒を見させてもらいますから、どうぞ安心を」。おばあちゃんは金鈴チャンの肩を抱きながら、「埠頭の姿は日に日に一新されてゆく。昔とは全くの様変わりだ。30年昔の大晦日の晩、この子たちの父親を連れて田舎で乗船したが船中の凄まじさ、上海に到着して下船した時の混乱ぶりは、まったく口では言い表せない・・・」と声を震わせる。すると金鈴チャンはおばあちゃんの話と目の前に広がる埠頭の素晴らしい風景を較べ、旧社会への怒りを募らせ、復仇を深く心に誓った。さらに、おばあちゃんは事務所の壁に掛けられた毛沢東の肖像画を指差し、「世の中を大きく作り変えたのは、なんといっても毛主席の素晴らしくも有り難いお導きの賜物ですよ」

 魏剛は金銘クンを抱きあげて、「今晩、2人は大型客船に乗るんだゾ。いいかい黄浦江、長江だけじゃあないんだよ。新しく建設された南京長江大橋、ダムなどを目にすることができるんだ。今年は、とってもステキな春節が過ごせるね」

 やがて2人は魏剛の上司の林さんが待つ事務所へ。そこへ「リーン、リーン」と電話だ。林さんは受話器を手に険しい顔をしながら金鈴チャンに向かって、「大事な要件が起きてしまった。いい子だから、弟の面倒をみているんだよ」と事務所を後にする。どうやら、あのクソッタレが逃げだしたらしいのだ。

 2人が事務所の窓から埠頭を見遣ると、煌々たる灯りのなかでクレーンが唸りを挙げ、多くの作業員が一生懸命に働いている。荷物が下ろされ、船積みされ。銅鑼の響きが天を衝き、爆竹が鳴り、「毛主席バンザイ、文革バンザイ」の声が埠頭全体にこだまする。建設のために各地に出発する人々を見送ろうというのだ。

 すると窓の外の暗がりのなかを、怪しい人影が通りすぎた。金鈴チャンは心に、「おや、あいつは数日前に町会の集会でみんなから批判されたゴロツキの反革命ヤローじゃないかな。埠頭で、なにをしようっていうんだろう」。そんな彼女の耳に、「断固として階級闘争を忘れてはならない」との毛沢東の教えが聞こえてきた。すると急用で出かけていった林さんのことが頭を過ぎる。「あの逃亡ヤローを捉まえに行ったんだ・・・」

 さっそく2人は事務所を飛び出し犯人を追いかけ、追い詰める。林さんがやって来て、民兵も駆けつける。怒りの眼差しの2人の子どもと一緒に、旅客や民兵たちは逃亡犯批判集会を開く。みんな『毛主席語録』を手に口々に「毛主席の紅小兵の心の目は光り輝き、こんなにも勇敢なんだ」。2人の機転で犯人は無事に逮捕された。めでたし、メデタシ。

 2人は甲板に立ち勝利の微笑みを浮かべ手を振って埠頭のみんなに別れを告げた、とさ。それにしても、絵本で完璧な革命学習をされたはずの紅小兵世代は、今や50歳前後で金満中国の牽引世代となっているはず・・・三つ子の魂。フーン、そんなもん、知るかい。《QED》