樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 705回】          一ニ・一・二十

    ――悪いのは康生だけではないが・・・それにしても極め付きのワルだ

    『龍のかぎ爪(上下)』(J・バイロン R・パック 岩波書店 2011年)

 1949年の建国前後の数年間を除き、常に毛沢東に影のように“扈従”し、特務工作という汚れ仕事の一切を取り仕切ることで毛沢東と共産党を支えた康生(1898年~1975年)を、著者は膨大な資料や関係者へのインタビューなどをもとにして描く。この本は「中国共産主義の暗黒面を象徴する『悪の天才』の康生の評伝」(上巻の帯封)であり、「現代中国の暴力の根源『抑圧と管理のシステム』――創造者の実像」(下巻の帯封)でもある。

 彼が指揮した共産党の「中央社会部の専業の審問官たちは、尋問や処罰の技術を磨き、中国数千年の伝統を二十世紀のスターリン型組織でも応用し、嘘の自白から『事実』を捏造していった」が、そこでは次のような「拷問のテクニック」が使われたのだ。

「・竹刺――爪と指の間に尖った竹の切れはしを押し込む。

 ・馬鬃穿眼――馬のしっぽの毛を尿道に挿入する。

 ・穿女人――強圧をかけたホースで、水を膣に押し込む。

 ・請客人喝一杯――大量の酢を飲ませる。吐き気の後に異常な苦痛に襲われる。

 ・定向滑輪――両腕を吊ってぶら下げ、革の鞭で打つ。

 ・焚香進逼――梁に両腕をぶら下がらせておいて、脇の下に灸をすえる。もし手を下げたりすれば肉が焼けることになる。

 ・沿路拉拖――馬のしっぽに縛って繋いでおき、その者が死ぬまで馬を鞭打って笞打って走らせる。

 ・幇助生産――自分の墓穴を掘らせ、掘り終わったらその穴に生きたまま投げ込む。」

 圧倒的多くの農民の支持を集め、共産党政権成立の原動力でもあった土地改革では、「『土地改革団』(主として無法者、盗賊、無教育な共産党員からなる、土地改革に責任を持つグループ)」を組織し、「社会正義の名のもとに康は、農民たちが、仕返しとして地主や富農を殺すことさえ奨励した」。多数の地主は銃殺、斬首、撲殺、磔、生き埋めにされたが、「厳寒の季節に薄い綿の服を着せ水をかけ、氷点下の戸外に出しておいて凍死させる『ガラスの服』や生きたまま顔だけ出して雪に生める『冷蔵庫』、穴に埋めて頭をかちわり脳を露出させる『開花』など」の「最も恐ろしく変わった死刑の方法」もみられた。一方、党内権力闘争に際しては、「康生は権力を乱用し、夫が政治的なもめごとに巻き込まれている女性たちに、夫を悪いようにはしないと言い寄って、その肉体をむさぼった」という。

 これが、中ソ論争から文革にかけての間に共産党最高理論権威とされた康生の姿だが、その後の共産党は「康こそ無数の悪行と悪意の張本人だと名指すことで、共産主義体制と、輝かしい指導者である毛沢東主席を守ろうとした」のである。

 かくして著者は「康生の物語が明らかにしているのは、高尚な意図を持った指導者たちが、いかにして腐敗や欲望に屈服していったか、ということである」と語り、「中国自体がいかに急速に変化しようとも、現代中国の進化を評価し、今後どのように発展を遂げて行くかを見定めるためには、中国の歴史を学ぶことが肝要です」と指摘した後、「多くの問題について共産党が最終的に決断する権利をもっているだけでなく、共産党よりはるかに長い歴史を持ち康生が権力掌握に使った『中国の習慣』は、これからも中国における物事の進行に影響を与え続けるでしょう」と、「中国の習慣」を見極めよと警鐘を鳴らす。

 『墓標なき草原』『続 墓標なき草原』に続きまたもや・・・頼もしき哉、岩波書店。《QED》