樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 700回】           一ニ・一・仲二

   ――歴史捏造、支離滅裂、現実否定、史実曲解、誇大妄想・・・被害甚大

   『読一点世界史』(史軍 人民出版社 1973年)

 この本は文革当時の最高理論権威誌『紅旗』に連載された世界史に関する論文を一括再録している。「世界史を少し学ぼう」などと“謙遜”した書名ではあるが、当時の共産党公認の世界史であり、この本の主張を外れた人類の歴史などありえないことになるのだが・・・。

 冒頭に「偉大なる領袖毛主席」の説く「歴史知識の有無こそがプロレタリア階級革命政党が勝利するか否かの条件である」を掲げ、「今日、我われが処している時代は『世界中の制度が徹底して変化する偉大な時代であり、天地が逆さまにひっくり返る時代である』。国家が独立を、民族が解放を、人民が革命を求めることは、すでに逆らうことのできない歴史の潮流であり、2つの超大国が世界を分割支配する時代は過ぎ去り、二度と再び戻ってくることはありえない」との“現状分析”を示しながら、「中国革命は世界革命の一部分であり、我ら全ての革命同志が従事する一切の革命工作は世界人民の革命闘争と緊密に連携している。世界に目を向け、世界を理解しなければならない」と、革命闘争における世界史学習の必要性を熱っぽく説く。

 「世界史は、こう我われに教える。アジア、アフリカは人類文明の発祥の地であり、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカはそれぞれの輝かしい古代文明を持ち人類の進歩に多大な貢献をなしてきた。15世紀末以来、西方の殖民地主義がアジア、アフリカ、ラテン・アメリカに侵入し、広大な地域が殖民地・半植民地に陥り、共に西方植民地主義者の残酷な搾取を受け奴隷となった」。「西方の植民地主義の奴隷商人も秘かに中国にやってきて大量の華工を強引に南北アメリカに連れ去り『苦力』とした」。「何十万の華工はアフリカの黒人や南北アメリカの労働者と同じく牛馬のような過酷で悲惨な生活を強いられた」。されど「圧迫のあるところ反抗あり」。「華工と南北アメリカの労働者、アフリカの黒人は共に肩を組み手を携えて西方の植民地主義者と戦い、流した鮮血を以って戦闘的友誼を結んだ」。

 かくして「殖民地主義の侵略に反対する戦いは千里万里の海山を越え、被抑圧人民を結びつけた」。「ヨーロッパ資本主義の萌芽と発展に従って生まれた近代資本主義」と対峙し、「資本主義の特殊な歴史段階である帝国主義」と戦うことで、「諸悪の根源である植民地主義と帝国主義を徹底して葬り去り、超大国の覇権主義を木っ端微塵に打ち砕き、全世界人民の大解放を迎えることになる」と、この本は結ばれている。だが、「歴史知識の有無こそが革命政党が勝利するか否か条件である」とするなら、この本が掲げる「歴史知識」が事実とは違うゆえに、この本に拠る限り「革命政党が勝利する」ことなど金輪際ありえない。

 たとえば1世紀末頃から顕著になる華工(中国人労働者)大量出国だが、「西方の植民地主義の奴隷商人」の下働きとして人身売買ネットワークを築きボロ儲けしていたのは、じつは中国人業者だった。また昔から漢民族は新しい生存の場を求めて移動を繰り返してきたわけで、帝国主義の時代だから「強引に南北アメリカに連れ去」られたわけではない。こういう民族の特性ゆえに、同胞の人身売買業者の手を経て東南アジアやアメリカに渡った。これが華僑だ。その証拠に21世紀初頭の現在、「西方の植民地主義の奴隷商人」が暗躍せずとも、対外開放された中国から大量の中国人が海外に「走出去(とびだ)」し、世界各地を我が物顔で闊歩しているではないか。他国の人々の迷惑も顧みずに。

 要するに、これは身勝手でゴ都合主義史観に過ぎる歴史解釈満載のトンデモ本だった。キミたちは、今こそ素直に「世界に目を向け、世界を理解しなければならない」のだ。《QED》