樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 697回】            一ニ・一・初六

     ――文革よ、毛沢東よ・・・再見

     『稀有金属世界』(朱志尭編著 上海人民出版社 1977年)

 1976年9月に毛沢東が死去し、翌10月に四人組が逮捕され、10年続いた文革は幕を閉じることになるが、四人組逮捕の1年後に、この本は「少年自然科学叢書」の1冊として出版されている。

 この本の巻頭からは「毛主席語録」は消え、代わりに置かれた「致少年読者」と銘打たれた少年読者の呼びかけは、「親愛なる少年読者よ、このささやかな本において、我われはが君たちに稀少金属の世界を紹介しよう。ここは夢のような世界だ。この世界の何十ものメンバーは性格が異なり、それぞれが特徴を持ち、我われの生産と生活、国民経済の各部門、国防建設と科学技術の発展に全て密接な関係を持つんだ。世界を識る目的は世界を改造するためなんだ。稀少金属の世界を識り、この世界のメンバーの性格、長所を理解することは、それらをより良く改造するためであり、それらを利用して社会主義の革命と建設事業に服務させるよう利用するためなんだ」とある。

 続く本文では稀少金属を詳細に解説しているが、最初に稀少金属をキャッチコピー風に紹介している。この本が扱う稀少金属の全てを挙げておくと、「最も軽い万能金属」(リチウム)、「光電管からイオン・ロケットまで」(ルビジウムとセシウム)、「ルビーのなかの“先端金属”」(ベリリウム)、「新型の“空間金属”」(チタン)、「超高温の“好敵手”」(タングステンとモリブデン)、「“烈火金剛“と”抗蝕冠軍“」(ニオブとタンタル)、「原子エネルギーの”親友“」(ジルコ二ウムとハフ二ウム)、「変幻自在3兄弟」(ガリウム、インジウム、タリウム)、「電子工業の”食糧“」(ゲルマニウム)、「稀土金属17姉妹」(レア・アース・メタル)、「原子炉の”燃料“」(ウラン)。それぞれの稀少金属の特徴を捉え、子供に興味を持たせるような巧みで判り易い表現に舌を巻く。

 それぞれの稀少金属を紹介した後、「探宝找鉱」の章では、採掘の方法と機材、希少金属が埋蔵されている鉱床の特異環境を、次章の「従鉱石到金属」では採鉱から精錬への過程を解説している。だが、奇妙なことは、文革中にあれほどまでに否定し蔑んだ知識人について、「社会の財産は労働者であり農民であり労働知識分子が自ら創造するものだ」と、「労働」の2文字を冠しながらも知識分子の有用性を認めているのだ。

 そして最後に「昨天、今天和明天(昨日、今日と明日)」と題する章を置く。過去には稀少金属という存在を知らなかった。無用なものとして大量に捨てていた。だが科学の進歩によって、それらは近代科学技術、ことに原子力エネルギー、航空、宇宙、通信、軍事などの方面に必要不可欠であることが判ってきたと、中国における稀少金属の「昨天、今天和明天」を語り、さらに「我が国は希少金属の宝庫であり、世界的にみても稀有なほどに豊富な鉱床を持ち、各種稀少金属の保有量は如何なる資本主義国家をも凌駕している。これこそ我が国が稀少金属工業を発達させる物質的基礎なのだ。親愛なる少年読者よ、社会の生産と科学技術の発展にも、稀少金属の世界を識ることにも終わりはない」と未来を展望し、少年たちに新たな目標に向かって邁進せよ、と呼びかける。「専より紅」という文革路線から「紅より専」の現実路線への転換を示唆しているようにも思える。

 レア・アース・メタルをめぐる中国の超高姿勢は、この時代に種播かれたようだ。翻って思うに当時、我が国に少年向け稀少金属解説書があったか。内心忸怩・徹底猛省。《QED》