樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 691回】           一一・十ニ・三〇

      ――バカも休み休みに願います・・・(その4)

 12月29日の「産経新聞」に掲載された「金日正死去は危機か、機会か」と題する「オピニオン 宮家邦彦のWorld Watch」には腰を抜かさんばかりに驚かされた。自らの立ち位置すら弁えない視野狭窄が過ぎた“作文”だが、書き手の略歴欄をみると外務省出身で中東1課長、在中国日本大使館参事官、中東アフリカ局参事官、首相公邸連絡調整官(安部内閣)を経て現在は立命館大学客員教授と、赫々たる経歴。ということは、外交官退官後に大学教授という欧米のエリート外交官にとって理想的な人生コースを歩いていることになるわけだが、それにしてもお粗末が過ぎる。

 宮家教授は金正日の死が発表された翌「20日付主要各紙社説を読み比べ」、「多くが今回の権力移譲をチャンスと捉え、『6カ国協議』再活性化や対中働きかけ強化など外交的対応にしか言及していないことに少々驚いた」そうだ。彼は「6カ国協議や対中働きかけが重要であることは」認めている。だからこそ野田訪中において「冒頭から北朝鮮問題を取り上げたのも当然だろう」とするのだろうが、これから先が莫明其妙(ヘンテコリン)だ。

 野田首相への「中国側の反応は今ひとつどころか、いまだに事の本質を理解していないようにすら思う」とし、「特に気になる」拉致問題について「『日朝関係の改善を支持しており、日朝双方の対話を通じて拉致を含む問題の解決を望む』としか応えていない」中国に対し、「冗談じゃない、中国は直ちに政策を変更すべきである」と戦前の「蒋介石政権は相手にせず」を思い出させるほどに勇ましい。だが、問題は現在の中国に面と向かって「政策を変更すべき」とネジ込めるような厳しく正しい対中外交を従来から進めてきたのか、ということではないか。これまで鼻毛を抜かれっぱなしの我が外交当局に、現在の中国に向かって尻を捲くってでも「冗談じゃない」といえるほどの“秘策”があろうとは、とても思えない。情けないことだが、「冗談じゃない」といいたくなるのは国民の方だ。

 次いで宮家教授は、①「中国が望む北朝鮮の経済的自立には日本の技術は不可欠」、②中国側には「拉致問題で北朝鮮に圧力をかける気がないと読める」、③だから「中国には6カ国協議議長国の資格などない」と当り散らしたうえで、中国は朝鮮半島の現状維持を望んでいるから「日本への回答もあの程度なのだ」との“義憤”に燃える。「百歩譲って『対北朝鮮影響力には限界がある』との中国側の主張が正しいとしよう」としながら、「されば、中国は日米韓と共同でより強い圧力をかければよい」などと、これまた勇猛果敢な“寝言”だ。ならば「百歩譲って」宮家教授に問いたい。現状維持を望む中国をして「日米韓と共同でより強い圧力をかけ」させるために、あるいは「北朝鮮が日米韓中の足元を見るような現状は何としても変え」させるために、いったい如何なる現実的な方策があるのか、と。

 そこで宮家教授は「日米安保条約の『事前協議』」を提案する。事前協議の「戦闘作戦行動」とは極東有事の際に「米軍が日本の米軍基地から直接行う軍事行動のこと」であり「条約上これには日本政府の事前了解が必要である」。朝鮮半島で「不測の事態が起これば『戦闘作戦行動』の可能性は高まる」から、かりに米側から要請があれば「野田政権には『迅速なイエス』を言う覚悟がおありだろうか」と問う一方で、「『戦闘作戦行動』の事前協議に言及するだけでも北へのメッセージとなる。危機を機会に変えるためにも、軍事面を含む、より強い圧力を北朝鮮にかけるべきだ」と結んでいる。泥鰌首相に「覚悟がおありだろうか」などと逼ってみせるが、トンチンカンなナイモノねだりというものだ。

 確かにアメリカを動かすべきだが、「冗談じゃな」く「百歩譲った」ところで現在の日本政府外交当局にオバマ政権を動かすための実現可能な方策があろうとは、とても思えない。 

 敵も知らず己も知らざれば百戦百敗。外交に匹夫の勇は・・・百害あって一利なし。《QED》