樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 687回】             一一・十ニ・念三

      ――ウソ、デタラメ、インチキ、ダボラのオンパレード

      『中国の歌ごえ(上下)』(A・スメドレー 筑摩書房 1994年)

 著者にかんする詳細な評伝である『アグネス・スメドレー 炎の女』(J&S.マッキンノン筑摩書房 1993年)は、革命の聖地で知られた延安で自由に振舞う彼女を「『白人女帝』スメドレー」と形容している。朱徳はコロリ、賀龍もイチコロ。ならば周恩来だって。ましてや毛沢東も、である。共産党幹部の口元を緩ませたであろう彼女は、1928年から41年までの間、中国で日本批判と共産党を頂点とする抗日運動支援を続けた。この間の活動の軌跡を綴った『Battle Hymn of China』を1943年にニューヨークで出版する。この本は、その日本語訳。上下2冊、全体で800頁超。

 毛沢東率いる共産党を抗日の英雄と報じたE・スノーと同じように、著者の背後にコミンテルンの色濃い影が感じられたにせよ、ヤンキー女が当時の最高指導者であった蒋介石や毛沢東から名もない農民にまで接しながら戦乱の中国を動き回る姿は、冒険活劇譚として読んでも面白い。だが、些か腑に落ちない記述が少なくない。

 たとえば「南京事件」について「日本軍が南京を占領すると、彼らはおよそ二十万の市民と非武装兵を殺戮し」と綴るが、事件に関する記述は僅かに5行弱。かりに南京事件を現在の中国が主張するように「日本軍国主義の蛮行の鉄証」と捉えていたなら、特に1章を立てて、扇情的に書き立てるのが自然のように思える。だが、そうはしていない。なにやら興味がないといった様子だ。ということは当時、彼女のような政治的立場の人間ですらも、事件は特別視されてはいなかったということだろう。それにしても誰が、なぜ、いつの時点で「およそ二十万人」を30万人に急増させたのか。

 次が1938年6月の日本軍による徐州作戦展開中に起こった黄河決壊事件だ。著者は、「徐州は敵の手中に陥った。(中略)勝ち誇った日本軍は、これ(中国軍)を急迫して、戦場で中国の傷病兵や俘虜を虐殺し、中国の都市や農村を掃蕩し、淫売宿に中国の女たちを氾濫させた。これをくいとめるために、中国軍は黄河の堤防を爆破した。洪水は滔々とおしながれて、日本軍を停止させ、何万という将兵を溺死させた。日本軍は中国軍の残虐をさけび、中国政府の宣伝員たちは、逆に日本軍が堤防を爆破したといって非難しはじめた」と綴る。だが「私は、(中略)そういう宣伝を愚劣だと思」い、「中国を日本軍にくれてやるくらいなら、洪水にやっちまった方がずっといい」と、乱暴・無責任な憤懣を書きつける。

 これは、怒濤のごとく押し寄せる日本軍に窮地に陥った国民党軍が、進撃を阻止すべく堤防を爆破し、黄河を決壊させた事件で、現地部隊の発案により最終的には蒋介石の決裁を得て決行された。日本軍被害は軽微だが、河南省など3省では農地が農作物と共に破壊され、4000ほどの村が水没し、水死者は100万前後で1000万人前後が被害に苦しんだ。

 当初、国民党側が流した「日本の空爆で黄河決壊」などの偽情報により、中国全土は「日本軍の暴挙」に憤激した。ところが事件直後から欧米メディアは中国側の自作自演であることを掴み冷静に報じている。著者は「何万という将兵を溺死させた」などというが、実際には膨大な数の中国人が中国人の手で溺死させられたわけだ。3省の農民が被った被害は想像の域を遥かに超えているにも関わらず、「中国を日本軍にくれてやるくらいなら、洪水にやっちまった方がずっといい」などとほざく。冷血非情としかいいようはない。

 これが「『白人女帝』スメドレー」の本当の姿だろう。だが困ったことに、いまだに、こんな性悪女を崇め奉っているバカがいるということだ。てめえ達ちゃ人間じゃねえ。《QED》