樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 671回】           一一・十一・仲八

      ――これこそ現代中国のありのままの姿だ

      『実用殯葬礼儀及哀祭文書』(路・鄧主編 山西出版集団 2011年)

 この本は、「伝統殯葬礼儀」「現代殯葬礼儀」「哀祭文類的制作」の各章に加え、葬儀に関する法令を収録した「付録」で構成されている。この“現代中国葬儀百科全書”とでもいえそうな本さえ手にしていれば、国家最高指導者から市井の名もなき庶民に到るまで、現代中国におけるあらゆる種類の葬儀を取り仕切ることができると思えるほどに、痒いところに手が届くように葬儀全般が判り易く解説されているだけに、重宝このうえないスグレモノ。どこを読んでも驚きの連続だが、取り敢えず「現代葬礼程序実例」などは如何。

■男性老人、現在XX歳。病院で治療中。3日前、病院は危篤通知書を家族に送致。子女は老人に意識がある間に公証機関に依頼し、遺言書を確定する一方、寿衣(経帷子)を用意する。

 第一日:老人が亡くなると子女は遺体を清め、寿衣を着せる。体の部分を黄色の、顔は白の、それぞれ絹布で覆う。/遺体の衣服のボタンの凡てを取り外し、布製の帯で整える。この場合、死結(固結び)は厳禁。/五官(目・耳・鼻・口・肌)を整え、金元宝(昔の金貨の模造品)か1枚のコインを口に含ませる。左手に金元宝を握らせ、右手に打狗棍(箸で代用)を持たせる。/主に遺体の足と手を赤の紐でシッカリと結わえる。猫や犬は繋いでおき、遺体に近づけてはいけない。/次に殯葬館に連絡し遺体の運搬を依頼する。その際、病院の発行した「居民死亡医学証明書」が必要。/家族が付き添って殯葬館に向かい、霊安室に安置する。/自宅の玄関に張られた春聯、喜や福の文字が書かれたような喜びを表す一切の飾り物を剥し、鏡やテレビなど光に反射するものは白い紙で覆う。/窓の外に大白花(紙製の白い花輪)を掛け、玄関に白い四角い紙を貼る。

 ――これで、まだ第一日目の段取りの半分程度。二日、三日と延々と続き、三日目の最後が喪宴となる。そこで喪宴の段取りだが、

 最初に遺族が整列し、殯葬館職員の司会で喪宴が始まる。司会者の「ご遺族による感謝」との合図で遺族は会葬者に頭を下げ、遺族代表が挨拶。感謝の意を伝えた後、「薄酒を用意したので、皆様、お寛ぎください」との口上で喪宴が始まる。喪宴進行中、長老や親族は各卓を回り会葬者に酒を勧め酌み交わす。

 次に葬儀に関する質問を集めた「現代喪事問答」だが、「葬儀改革にはどのような意義があるのか」「直系の親族が死亡した場合、忌引きは何日で、その間の給料は引かれるのか」「遺体の火葬場所に関し、どのような規定があるのか」など、様々な質問と、それへの回答が懇切丁寧に記されている。中に「三沿五区の範囲は?」という質問があった。「三沿」とは鉄路、公路、河川本流の両側、「五区」とは都市の公園、景勝地、遺跡・歴史建造物保護区、経済開発区、ダムや河川の堤防を指す。埋葬禁止地域だが、こう既定しているのは、三沿五区に埋葬してしまう不届き千万なヤツが後を絶たないということだ。三沿五区は風水立地がよく、埋葬すれば子孫にご利益があると、彼らは固く信じ込んでいる。ヤレヤレ。

 行間から金満中国に加え、かの民族の実像が浮かび上がってくる。怪書であり快書だ。

 ――革命の「か」の字も、共産党の「き」の字も、ましてや毛沢東の「も」の字もない現代の葬儀は、旧中国で行われていた葬儀の簡略版に近かった。これを“中国の特色を持った社会主義的葬儀”とでも言うのだろうか。モノはいいようだ・・・阿弥陀仏。《QED》