樋泉克夫教授コラム

  【知道中国 645回】            一一・九・念七

      ――発言の耐えられない軽さ・・・三たび松本クンに訓ふる公開状

 仏の顔も三度まで、二度あることは三度ある、三度目の大ごと、三度目の正直など、三度目にまつわる古諺がいくつかある。夫々に意味が違うが、やはり誰もが同じような過ちを繰り返しがちということだろう。きっとそうだ。そうに違いない。松本前内閣参与クン。

 最初は4月13日である。首相だったドン菅と官邸でサシで時間を過ごした後、待ち構えていた記者団に対し、「『福島原発周辺は、これから10年、20年は人が住めない』と首相が語った」と。リップサービスなのか、迂闊にも口を滑らせてしまったのか、何やら意図した確信的発言か、それともキミは生来が口軽なのか。いずれにせよ、反響の凄まじさに恐れ慄いたのだろう。キミは「首相に電話で確認したが、首相は発言していない。言ったのは私だ」と弁明し、責任を引被らざるをえなかった。まあ、キミにしてはブザマな事後処理であり、恥辱であり不本意千万だったろうに。

 次は8月18日の「産経新聞」紙上だ。3・11直後に「チーム仙石」なる組織を率いてキミがまとめた「震災復興のアイディア」に対し、ドン菅は「了解」してみせた。にもかかわらずドン菅は「1週間後には『復興会議をつくるから復興はそこでやっていく』と言い出した」。そこで「チーム仙石」の復興プランは見事にポシャってしまう羽目に。俗に言う骨折り損の草臥れ儲けというやつだ。その腹いせだろう。キミはドン菅は「非常時には決まって『今こそ俺が出ていけば物事は解決できる』と勘違いした人物」であり、さらに「菅さんには自分が脚光を浴び、『よくやった』と喝采されたいところがある。そういう意味ではポピュリストなんです。戦時中の東条英機元首相なんかもそうだったよね・・・」と嘲り笑った。だが、よく考えてみれば菅はドンでもキミの上司であり、日本国内閣総理大臣だ。その昔、自民党議員ながら自民党を批判する石原慎太郎に対し、三島由紀夫が「士道に悖る。批判するなら”脱藩“せよ」と逼ったように記憶しているが、まさにそれだ。

 三度目は9月26日、二度目と同じ「産経新聞」であり、昨年9月の尖閣海域を侵犯した酔っ払い船長の保釈に関して、である。一度目も二度目も国家百年の大計にかかわる重大事には違いがないが、飽くまでも国内問題であり、そのうえにドン菅は低劣な政治家に過ぎない。だから二度の発言はキミの失言ということで不問に付すことも可能であったかもしれない。つまり、まッいっか、である。だが、三度目ばかりはそうはいかない。ことは領土・領海と国家の安全保障に関わり、日中両国間の微妙な外交問題だからだ。

 報じられるキミの発言では、船長の釈放は「那覇地検が大きなミスをしていたから」であり、地検から官邸に届けられた「証拠となるコピーのビデオテープ」には「重大な瑕疵があり、(起訴しても)公判がたえられない」ばかりか、「有罪にもならないと官邸側が判断した」。「(重大な瑕疵については)それはあまり明らかにしてはまずい」そうだが、前後の関係からして「官邸側」とは当時の仙石官房長官を指し、「正当性がある」仙石と国連総会に出席中の菅とが「合意」して釈放が決定された。「菅さんは自分に責任がかかってくる問題は避けたがっていた」。ここでキミの立ち位置だが、「なぜ中国側はああも強固なのかと(仙石氏から)相談を受けていた」との発言からして、仙石の相談役ということになる。  

 キミは「(重大な瑕疵については)それはあまり明らかにしてはまずい」というが、それこそ中国側に付け入る口実を与える発言というものだ。そろそろ「自分が脚光を浴び、『よくやった』と喝采されたい」などいう考えは忘れたらどうかと、キミに忠告しておきたい。「99回言って聞かせてもダメなら、百回目には張り倒せ」とは、毛沢東の弁だ。《QED》