樋泉克夫教授コラム

~川柳~
《老保守 去北大荒 受改造》⇒《痛い目に あわせて不満を 封じ込め》
*北の果てに荒涼と広がる未開地の北大荒に送られ、「右派」は労働改造を強いられた

  【知道中国610回】            一一・八・初一

      ――兄弟党、鉄の友情、民族解放・・・夢から覚めてみれば

      『在天河両岸』(包玉堂 広西人民出版社 1973年)

 この本は、広西チワン族自治区在住の少数民族と思われる作者が50年代半ばから10年ほどの間に新聞などに発表した46首の詩を収めている詩集である。出版された73年には共産党第10回大会が開かれているが、2年前に発生した林彪事件を総括すると同時に、“ポスト毛沢東”への備えが論議された。四人組の1人である王洪文が党副主席に抜擢されたことで影響力を強めた四人組は、毛沢東の威光を背景に、周恩来や復活した鄧小平らの現実路線に対し反撃の狼煙をあげたのだ。

 そんな時代情況を思い起こしながら作品を読み進めると、遥か昔の“夢のように耀いていた情景”が鮮やかに浮かびあがってくる。いずれの作品も“感慨深く”棄てがたい味があるが、なかでも強烈な響きを訴えかけるのが65年5月の日付のある「戦闘だ、英雄的なヴェトナムよ」だろうか。長詩であり限られた紙幅では作品全体を訳すことはできないが、そのエッセンスだけでも味わってみたい。

 「キミは太平洋の西岸にすっくと立ち、まるで英雄的な巨人のように威厳に満ちている。おお、ヴェトナム、英雄的なヴェトナムよ、三千万人民は共に復仇の怒りに燃え勇猛果
敢に戦いを挑み、革命の巨大な紅旗で妖気に満ちたどす黒い雲を払いのけ、世界人民の反米闘争の最前線に立つ。

 おお、ヴェトナム、英雄的なヴェトナムよ、キミは虐げられ圧迫された民族の反帝闘争の耀ける象徴だ、三千万人民の真っ赤な心は太陽と月とを照らし、三十三万平方キロの大地はまるで堡塁だ。
見よ、キミの南方の広大な大地を、数限りない落とし穴が掘られ無数の刃が槍衾のように敵を迎える、人民の雷のような怒りの声の中で、侵略者はクソを垂らし小便をちびらせ、『母ちゃんよ、天よ』と命乞いをしながら殺されてゆく。

 見よ、キミの北方の麗しき大地を、無数の銃口が怒りの火を噴き人民の憤怒が紅蓮の炎を挙げる、空からの飛賊(しんりゃくしゃ)は串刺しにされて地上に落下し、海辺からの水鬼(ごうとう)の死体は海辺に並ぶ。

 祖国統一のため、自由解放のため、万悪のアメリカ侵略者を徹底して叩きだせ、ヴェトナムの大地には人を貪り喰らう豺狼(ハイエナ)を一匹たりとも住まわすな。民族独立のため、完全なる領土のため、撃て、撃て、撃って撃って撃ちまくれ、アメリカ帝国主義者がヴェトナムから尻尾を巻いて逃げ出すその日まで。

 おお、ヴェトナム、英雄的なヴェトナムよ。忘れることができようか、自由解放のため、キミがどれほどの年月を戦い続けたかを。
 おお、戦闘だ、英雄的なヴェトナムよ、七億の中国人民はキミの傍に立ち、アルバニアと朝鮮の人民もキミと共に立ち、全世界の革命的人民は悉くキミと共に立つ。ヴェトナムの英雄よ。いまアメリカの侵略者はもう一つの“ディエンビエンフー”に追いつめられた。正義はキミのものであり、真理はキミの手にある。勝利の紅旗は永遠にキミの神聖な大地と限りなく広がる紺碧の空に翻るのだ!」

 この本が出版される前(72)年2月のニクソン訪中を機に米中関係は一気に改善に向かうが、それをヴェトナムは「中国の裏切り」と強く非難。後の中越戦争への大きな火種となった。「七億の中国人民はキミの傍に立ち」・・・何とも空々しいかぎり。よく言うよ。《QED》