樋泉克夫教授コラム

~川柳~ 
《来不及 文物価値 悔之晩》⇒《革命は 燕都の面影 粉々に》
*国際的建築家の梁思成の懇請も虚しく、1953年5月、共産党は北京の歴史的建造物破壊を決定

  【知道中国 596回】            一一・七・初二

     ――共産党×拝金主義=「市場レーニン主義」

     『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』(R・マグレガー 草思社 2011年)

 結党から90年。いまほど共産党と人民の心が1つになったことはないだろう。それというのも、いまや共産党と人民は共に拝金主義というイデオロギーを堅く信奉し実践しているからだ。だが、だからといって共産党は人民の勝手を許しているわけではない。拝金主義イデオロギーを逸脱して共産党に対する批判がましい言動をみせたら、ノーベル平和賞の劉暁波を見れば判るように、躊躇なく、断固として、徹底して叩き潰す。それは経営方針を批判し、経営の足を引っ張る従業員を雇うような会社が存在しないと同じ理屈だろう。

 中国経済の現在の構造は、「いかなる指標を用いても、中国経済に占める民間部門の割合が三〇パーセントを上回ることはな」いばかりか、「主要な産業は一〇〇パーセント、または大部分が国家によって運営されている。以下にその例を挙げる。石油、石油化学、鉱業、銀行保険、通信、鉄鋼、アルミ、電気、航空、空港、鉄道、港湾、道路、自動車医療、教育、公共サービス、すべてがそうである」。かくして中華人民共和国は中華人民公司という名の超巨大企業集団と化し、かつての血塗られた革命政党のイメージを消し去り執政党とカンバンを塗り替え、共産党は社会主義市場経済(いいかえるなら一党独裁体制下の資本主義)を大車輪で牽引している。

 以上の著者の主張を敷衍して考えれば、共産党は上に列記したビジネス(なんと、それらは企業活動の根幹ではないか)を展開する超巨大国有企業を傘下に置く企業集団の経営中枢であり、党最高権力機構である中央常務委員会は企業集団内の人事資金を完全に掌握する執行役員会であり、党トップの総書記はCEOといいかえることもできる。かくて共産党員は超巨大企業集の正社員であり、党員以外の人民は契約社員アルバイト。だから人民は「権力、給与、地位、住宅医療」を求めて共産党員になろうと努め、党員になったら地方政府という名前の支社における営業成績を挙げることで出世の階段を昇り、最後は執行役員会、つまり中央常務委員会入りを目指すという仕組みだ。

 ここで著者は、共産党は革命政党だった当時の組織原理であるレーニン主義で貫徹されていると指摘する。つまり中華人民公司企業集団は、鉄壁の上意下達システムを持つ共産党という経営中枢によって経営されていることになる。だから効率的経営が可能なのだ。 

 そのうえ忘れてならないのは、先ず中華人民共和国という国家があって共産党があるわけではなく、共産党があったからこそ国家があるという点だ。そこで歴史という問題が浮上してくる。じつは「歴史は、党が国民を統制するための手段であり、そこで最優先されるのは党の威信と権力を保持することであ」り、「党に向かって『歴史の鑑』を掲げることは、中国国内では許されないこと」になる。だから「日本や他の諸外国に向かって歴史を講釈する中国の声を、まともに受け取ることはできない。なぜなら、中国自身が党の記録を国民の目から隠しているから」である。

 「支配者たちの秘密の世界」とは、人事、膨大な資金、歴史解釈権、レーニン主義。
 この本を読み終わって、ドラッカーの経営理論を学んだ女子高生がマネージャーを務める高校野球部を甲子園に進ませる姿を描いたベストセラーの“もしドラ”が頭に浮かんだ。“もしレー”――レーニン社長になり企業経営したら、完璧に徹底した非情上司。《QED》