樋泉克夫教授コラム

~川柳~ 
《開玩笑 工農専制 誰説的》⇒《革命は 紅い貴族を 生んだだけ》

  【知道中国 558回】            一一・四・仲七

     ――巧言粉飾、鮮なきかな《真》

     『偉大的歴史性勝利』(人民出版社 1976年)

 真紅一色の表紙の上部に白抜きの大きな活字で「偉大的歴史性勝利」の8文字。中央には金色の天安門がデーンと描かれている。白地に真紅で「偉大的歴史性勝利」と記された中表紙を繰ると、大きな毛沢東の、次の頁が毛沢東の後継者で「英明な指導者」と形容された華国鋒の写真。その次の頁は「我われの事業を導く核心的力は中国共産党である」「我らが思想の理論的基礎を指導するのはマルクス・レーニン主義である」「団結し、さらなる勝利を勝ち取ろう」と『毛主席語録』からの引用となる。

 目次を見ると、「偉大的歴史性勝利」、「首都百万軍民隆重集会慶祝偉大勝利 熱烈歓呼華国鋒同志為領袖 憤怒声討“四人幇”反党集団滔天罪行」、「継承毛主席遺志、高挙馬克思主義、列寧主義、毛沢東思想偉大紅旗 在華国鋒同志為首的党中央領導下勝利前進」、「華国鋒同志為首的党中央和台湾人民心連心 台湾省在京愛国同胞集会憤怒声討 各族人民共同死敵“四人幇”反党集団」「八億人民的盛大節日」などの勇ましい文字が並ぶ。どれもが10月24日、25日の両日の「人民日報」に掲載された四人組逮捕を寿ぐ論文だ。

 以上の論文に拠れば、「76年4月毛主席は自ら華国鋒同志を共産党中央委員会第一副主席、国務院総理に任命することを提案」し、「4月30日、毛主席は自らの筆を執って『你弁事 我放送心』と認めて、華国鋒同志への無限の信任を表した」。9月9日に「毛主席が逝去するや、華国鋒同志を首(かしら)とする党中央は果断な処置を採り」、10月9日には「王洪文、張春橋、江青、姚文元反党集団を告発し、革命と党の危機を救い、我が国のプロレタリア独裁を強固にし、我が党、我が軍、我が国各民族人民をして毛主席が導かれた社会主義と共産主義の航路に沿って勝利に向かって前進を続けることを可能ならしめた」そうだ。

 かくして、「華国鋒同志を首とする党中央は全党・全軍・全国各民族人民の心からなる敬愛と熱烈なる擁護を得たのである。闘争の事実が証明している。毛主席生前の決定のこの上なき英明さを。毛主席の事業は後継者に人を得た。我が党もまた自らの領袖である華国鋒同志をえた」ことを、「歴史的偉大性勝利」とし、「首都百万軍民」が盛大なる慶祝集会を開き、北京在住の「台湾省愛国同胞」も態々集まり、四人組を「各族人民共同の許し難い敵」だと怒りの声を挙げて告発した、ということだ。

 それにしても、四人組逮捕もこの本の出版も同じ10月。本の出版が決まってからの逮捕だと勘繰りたくなるほどに手回しが良すぎるうえに、どの論文も“常軌を逸した”と形容せざるをえない歯の浮くような文言がテンコ盛り。たとえば「八億人民的盛大節日」は「北京は歓呼に振るえ! 神州(ちゅうごく)は沸騰している!/長城の裡と外、大河の南と北、祖国の九百六十万平方キロの大地では、人民大衆の心はこの上なくの舒暢(のびやか)で、闘志はこの上なく旺盛だ!(中略)八億人民が澎湃と沸き起こる激情を込め、この上なく盛大な祝日を歓迎しないでおられようか。/邪悪で怪しげな風を一掃すれば、祖国の空は高く紺碧に晴れ渡り、四害(よにんぐみ)を根っこから取り除いたことで、祖国の山河は一層美しく蘇った」。なんとも奇妙奇天烈で不思議な高揚感で満ち溢れた四人組告発の論文は、「歴史の大河は滾々と流れ、革命の潮流は奔騰する。我らの前途は燦然と光輝き、如何なる力も革命の前進の歩みを押し止めることはできない」と結ばれている。

 あれから半世紀余。「祖国の山河は一層美しく蘇った」はずですが・・・。《QED》