【知道中国 502回】        一〇・十二・念六

      ――誰もが等しく貧しく、夢の中だけでも満腹になりたかった

      『割掉鼻子的大象』(遅叔昌 于止 中国少年児童出版社 1956年)

 この本には、2つの子供向け空想科学物語が収められている。

 最初の「割掉鼻子的大象」は、この本出版から19年後の近未来の75年8月、科学専門記者が取材のため国営農場を訪れるところからはじまる。かつて、そこは草1本も生えない不毛の地だったが、人民の奮闘努力の結果、わずか5年で「緑の希望」と呼ばれるまでの大農場に改造された。だが、この本には後には呆れるほどに叫ばれた「偉大な毛主席のお教え」だの、「共産党の正しい指導」だの、「社会主義の輝かしい成果」だのといった類の常套句は、いくら探しても見当らない。それだけに文革期の子供向け出版物に慣れ親しんだ向きには拍子抜けだが、微笑ましくも爽やかな読後感をえられる。

 農場の中心街から取材をはじめた記者の耳に、突然、「象を見に行こうよ。象だ象だ」。子供の声の方に走ると、確かに象の行列だ。「国営農場のだ」「国営農場で、なんで象を飼ってるんだ」「鋤を引かせるんだ」「トラクターがあるじゃないか。象なんて使う必要はないだろう」――象を眺めながら、思い思いに語り合っている。確かに象だ。だが、どれもが鼻が切られている。様々な疑問を胸にホテルに戻った記者に、この農場で働いている中学時代の科学好きの同級生から招待状が届く。

 早速、農場の事務所へ。旧友と事務所の中を進むと、目の前に薄いピンクがかった白い肉の壁。街で見かけた鼻の欠けた象は、彼が改良に改良を重ねた「奇跡72号」と名づけられた大型の豚だった。友人が語る奮闘努力の後をレポートは「奇跡は科学から離れられない」との報告に纏めるわけだが、夜は奇跡72号を使った山のような料理をご馳走になる。

 「この豚は年老いてはいない。図体は大きいが、どれもが子供の豚であり、肉には油が乗っていてとても柔らかいうえに、栄養満点で容易に消化するんだ。味はバツグンだろう。我が新聞記者同志よ」と、奇跡72号の発明者。一方、記者は口いっぱいに肉を放り込んだため、舌が動かない。ただただ目を白黒させて頷くばかりだった。

 第2話の「没頭脳和電脳的故事」。小学生の孫山クンは「鞄は」「帽子は」「ソロバンは」「教科書は」と、毎朝、登校準備は家族中を巻き込んで大騒ぎ。整理整頓はまるでダメ。前日に置いた場所を忘れてしまう。そこで付けられた綽名が「没頭脳(脳ナシ)」だ。 

「養いて教えざるは父の過ちなり」との古くからの教訓に心を動かされた電気技師の父親は、息子のために帽子の中に20万個の半導体を組み込んだ「電脳(人工頭脳)」を作ってやった。翌日、電脳帽子を被って颯爽と学校へ。どんな難しい問題も電脳の働きで素早く正解してしまうが、地理の問題や友達のトンチには答えられない。そこで父親は半導体の数を脳細胞の数と同じ140億個に増やそうとするが、そうなると電脳帽子が大きくなりすぎて被れない。「電脳の主人になるも奴隷にはなるな」と、断固として電脳帽子を捨てる。

 彼は父親作の電脳帽子を熱心に研究し、「自分で考え、大脳を鍛錬し」、「演算、資料保存、翻訳、機械管理のできる電脳」の発明を目指す。この物語は最後に「没頭脳クンの大脳の構造は、古今の偉大な政治家、思想家、文学者、科学者、発明家のそれと大差なく、大脳を鍛錬するかしないかが違うだけです」と教える。

そうか毛沢東思想、向銭看(カネ儲け第一)、愛国無罪などは「自分で考え、大脳を鍛錬する」わけがない「没頭脳」な人民に共産党が被せた「電脳帽子」なんだ。納得デス。  《QED》