【知道中国 484回】        一〇・十一・念二

      ――ゴ破算で願いましては・・・

     『怎様打算盤』(上海人民出版社 1973年)

 これは、なんとも不思議な本だ。それというのも文革末期の四人組全盛時代に出版されたにもかかわらず、『毛主席語録』からの引用もなければ、激烈に展開されていた批林批孔運動に関連する言及も一切なされていない。つまり、当時出版された本に必ず見られた煽動的な政治的言辞がどこにもみられない。つまり、この本は政治的には無色透明無味無臭なのだ。もっとも、どのように妄想を逞しくしようが、昨日まで「毛主席の親密な戦友」であった林彪を徹底して蔑み、彼ら民族にとっての精神的支柱ともいえる孔子を批判するような“屁理屈”が、算盤から弾きだせるわけはないわけだが・・・。

 この本は「『算盤を弾くこと」を『珠算する』ともいい、暗算や筆算と同じように一種の計算方法である。算盤という計算用具を使って計算することから、算盤をマスターするためには、先ず算盤を知らなければならない」という「認識算盤」の章からはじまり、先ず算盤の構造を学ぶ。

 算盤の珠を囲む四囲を「框」、珠を上下に分かつ横棒を「梁」、7個の珠を貫く軸を「档」と呼び、珠は梁で上珠2個と下珠5個に分けられる。一番上が頂珠、一番下が底珠。上珠1個が5の位を、下珠1個が1の位を表す。指の動かし方だが、下珠は親指の腹の部分で跳ね、人差し指の先端で下ろす。上珠を跳ねる場合は中指の爪の部分を、下げる場合は人差し指の腹の部分を使う。中国の算盤は上が2つ珠であることさえ押さえておけば、日本の算盤と大差はなさそうだ。

 基本の次は実際に算盤の珠を弾くことになる。そこで、いくつか例題を拾ってみると、

■足し算:張大生は96担(1担は100斤。1斤は0.5kg)の糞を、李小山は35担を運びました。2人合わせて合計で何担を運びましたか。

■引き算:ある商店が持つ魔法瓶の在庫は昨日時点で334本で、今日は69本売れました。目下の在庫は何本でしょう。

■掛け算:解放前、張家村で収穫できた繰り綿は年平均で1畝(6.67a)当たり43斤で、現在の収量は解放前の3倍です。現在の1畝当たりの年平均収量は何斤でしょう。

■割り算:今年、先鋒農場で開墾した土地は80丈×93丈(1丈は3.3m)で総面積は7,400平方丈です。1畝を60丈四方として、何畝になるでしょう。

 より難しい例題もあるが、珠の動かし方がイラスト入りで分かり易く解説されているだけに、先ずは申し分ない算盤の実用書といっていい。であればこそ、この時期に、なぜ、こんな本が出版されたのか。敢えて結論を類推するなら、この本は来るべき鄧小平時代、つまり向銭看(=金銭万能)の時代を先取りしたのではなかろうか。毛沢東の寿命もそう長くはない。将来を約束されていた劉少奇や林彪だって血祭りにあげられたのだから、いま権勢を誇っている四人組も近い将来には劉や林と同じ道を歩むはず。国を挙げて革命だ政治だと愚にもつかない騒ぎをしているが、中国人の我慢も限界だ。いづれ中国人は本来の中国人に先祖返りし、商売に励む時代がやってくるに違いない。願望は確信へ。

 昔取った杵柄です。今のうちから指を慣らし、ソロバンを弾く稽古でもどうです。さあさあ商売、ショーバイ・・・面従腹背は先祖伝来の得意技でござんして、ハイ。  《QED》