【知道中国 457回】       一〇・九・三〇

     ――根拠薄弱、無理難題、問答無用でヘリクツ満載

     『釣魚台事件真相』(七十年代 1971年)

 この本を編集・出版した『七十年代』は、政治評論を軸に充実した文芸欄も備えた香港の代表的月刊誌だった。鄧小平登場前後、改革・開放政策を支持する論陣を張るが、89年の天安門事件を機に共産党批判に転じ、共産党政権下の特別行政区・香港では言論の自由は保障されないと台湾に去る。そんな性格の雑誌ですら領土問題については別らしい。

 この本は、69年から70、71年に香港の学生、アメリカ、カナダなどの「中国留学生」を中心に起こった最初の「保衛釣魚示威運動」を中心に、北京と台北の“2つの中国政府”の公式見解、さらには彼らのいう“歴史的鉄証”を掲げ、尖閣が「歴史的に明らかな神聖不可分の中国領土」であり、「日本の主張」は不当であると強弁する。じつは“中華民族至上主義”は盲目ゆえ、いとも簡単に政治信条・イデオロギーの違いを超越してしまうのだ。

 この本の主張の3本柱を示し、その荒唐無稽ぶりを指摘しておく。

 ■歴史的視点:『使琉球録』によれば、明嘉靖十三(1534)年、明朝の高級官吏が東方海域を巡回し、「この島嶼」の沖合いを航行している。次いで嘉靖四十一(1562)年には明朝高級官吏の郭汝霖が当該海域を巡航し、「五月初一日に釣魚島に、初三日には赤尾嶼に到っている。ここから見ても、釣魚島列島は中国の海域に在り、凡て中国の領土である」とする。だが、近くを航行して島影を認めたことを記録しただけで領有を認められるなら、マゼランが世界一周航海の途上で残したであろう航海日誌に記載された無人島は、すべて彼の祖国であるポルトガルが領有を主張できることになってしまうではないか。

 ■資源を巡っての視点:この本は「近年になって、釣魚台付近と中国近海、さらに朝鮮に近い海域の海底に豊富な石油資源が埋蔵されていることが発見されるや、日本の分を弁えない野望を引き起こすこととなった。ここ2年来、日本はしばしば海底探査と試掘を敢行し、数ヶ月前になって、なんとも許し難いことに釣魚台列島を日本の版図に組み入れてしまったのである」と主張するが、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が豊富な海底資源の可能性を指摘したことで慌てて領有を宣言し、内外に声高に言い募るようになったのが中国(+台湾の国民党政権)であったことは、明々白々たる歴史的事実である。

 ■日本軍国主義復活なる視点:この本は「復活した日本軍国主義はアメリカ帝国主義の後押しを受け70年代以降のアジア支配を目論み、軍事力増強のために最重要戦略物資の石油を漁り続ける」と批判するが、日本軍国主義云々は高度経済成長を背景に世界に躍進していた当時の日本に対するヤッカミから生じた根拠なき悪罵であることはいうまでもない。

 この本の主張は、シロをクロと強弁することを旨とする彼らの政治言論宣伝戦の伝統に則ったもの。であればこそ、予定調和宜しく次の捨て台詞を吐くことを忘れてはいない。

 「我われは日本の反動派に再度警告しなければならない。武力を用いて強引に中国を割譲するなどという時代は過ぎ去ったのだ。釣魚島などの島嶼に対する中国の主権を侵犯することは、誰であろうが断固としても許さない。偉大なる中国人民の面前で、アメリカ帝国主義と結託して中国領土を併呑しようなどという妄想を抱く貴様らのウス汚い試みは、凡て徒労に終わり、必ずや粉砕されるだろう」

 馬を指して鹿という伝統がなさしめる妄言・戯言というものだ・・・喝ッ。  《QED》