【知道中国 451回】      一〇・九・念一

      ――トンデモ歴史教育・・・笑止千万・迷惑至極・被害甚大・根治不能

      『怎樣學習歴史』(崔巍 兒童讀物出版社 1955年)

 この小学校高学年歴史学習用副読本が出版されたのは、毛沢東時代において人民が最も静かに過ごすことができたであろう時期、いわば嵐の前の静けさの中ということになる。それというのも、その後は百花斉放・百家争鳴運動(56年)、反右派闘争(57年)、大躍進(58年)と超弩級の政治運動が人民を駆り立て、ついには国を挙げて驚天動地・疾風怒濤の文革へと雪崩れ込んでいったわけだから。

 対象読者は11、2歳前後だろう。ならば、この本で歴史を学んだ世代は国共内戦時に幼児期を送り、建国をかすかに記憶し、10歳代半ばに大躍進とその後の飢餓・困窮を体験し、20歳前後の多感な時期に文革を経験し、30歳代半ばで改革・開放に遭遇し、現在は社会の第一線から引退。毛沢東は絶対無謬の神と頭に叩き込まれながら、人生半ばで毛沢東を完全否定――相反する2つの価値観、つまり一生を二生として生きてきた世代だろう。

 この本で、共産党は“共産党にとっての良い子”を創りあげようと狙ったはず。

 この本では先ず「だいたい四千年前後」の年齢の「歴史爺さん」が登場し、「『歴』とは経歴のことで、ワシの気の遠くなるような経歴を指し、『史』とは記載することを意味する。だから『歴史』とは、ワシが経験してきたすべてを記録することなんじゃよ」と歴史の意味を説いた後、「よい子たちよ」に向かって「祖国の栄光の歴史」を語りだす。

 「昔々のその昔、ワシが生まれて間もない頃で誰もが農業ということを知らない時代じゃったが、いまの河南省の黄河一帯に住んでいた人たちは魚を獲り、猟をし、牛や羊を飼い苦しい生活を送っていたんじゃ」。「人々は労働を重ね、日々智慧をつけ、やがて開墾は黄河や長江の流域から辺境まで進んだんじゃよ」。だから「中国は広大だが、僅かな広さの土地たりとも祖先の汗が流されていない土地はないんじゃ」。人々の努力で生産が消費を上回るようになると「奴隷主、大地主、大資本家のような労働をしない不埒なヤツラが生まれてな」、「汗を流そうとせずに、頭を使って土地や工場を力で押さえ労働の果実を奪い取ったんじゃ」。そこで「陳渉、張角、王薄、黄巣、李自成などが次々に立ち上がり人民の血を吸うヤツラに対し必死の覚悟で立ち向かっていったんじゃ」。だから中国の広大な土地の上には「どこにだって革命烈士の尊い血が流れているんじゃ」。この豊かな祖国に多くの外敵が侵入してきたが、「我われの祖先は一致団結し命を盾に祖国の独立を護りぬいたんじゃ」。「現代では八路軍、新四軍、中国人民解放軍、中国人民志願軍などが生まれた。彼らは祖国の優秀な男の子・女の子なんじゃ。考えてもごらん、中国の広大な領土は隅から隅まで祖国を護ろうとした英雄たちの鮮血で染められているということを」

 「歴史爺さん」は、「将来の人民は共産主義の生活を送る。誰がなんといおうと、これは絶対に間違いない。共産主義社会の生活というのは楽しいもんじゃよ。だからワシは共産主義を実現させるために、誰と戦い、どういうふうに勝利を納めるのかを、これから教えてやろうというのじゃ。どうじゃい。ワシはみんなのいい友達じゃろ。ワシは一日だってみんなのような立派な友達から離れやーしないぞ」と語り、いよいよ共産党=毛沢東中心の牽強付会・出鱈目至極な歴史を教えはじめる・・・歪んだ歴史観が支配する中国の現状を考えれば、おそらく「歴史爺さん」は共産党の練達な工作員だった・・・かもよ。  《QED》