【知道中国 412回】 一〇・七・初四
――スイーツ&スナックで、カクメイだーッ・・・

    『上海糕点制法』(上海市糖業酒公司編 軽工業出版社 1974年)

 上海における文革についての紅衛兵の回想録の類を読むと、必ずしも朝から晩まで武器を持って暴れまわっていたわけだはなさそうだ。時に街をほっつき歩いては、中国伝統の菓子(まあ、今風に表現するならスイーツでありスナックといったところか)を楽しんでもいる。彼らが好んで口にしたのは、蘇州、広東、北京、潮州、寧波・紹興、揚州、清真(イスラム)式の伝統銘菓だった。

 この本は、当時の上海で口にできた地方伝統銘菓について、原料の選び方と処理方法、作る際の道具や火加減、製品の保管方法、作り方を懇切丁寧に教えてくれる。扱われているのは月餅を代表とする小麦粉などを焼いた丸くて平たい餅類が35種類。米の粉やメリケン粉を蒸して作る糕類が35種類。小麦粉、卵、クルミの実を豚の脂で捏ねて焼いた酥類が18種類、油で揚げた油炸類が15種類。パンや粽などが27種類――確かに中国の伝統菓子は、それなりに美味い。酥などは薄いパイ状の生地が何層にも重なり、口に入れた途端に溶けてなかなか捨て難い味と舌触りがある。

 この本は、いってみるならば伝統銘菓のレシピといったところ。だが、出版は文革期。であればこそ、菓子作りのノーハウ伝授だけで終わるわけがない。そこはそれ、このうえなく有り難い革命的ゴ託宣が長々と述べられている。

 そこで、それを簡単明瞭に綴ってみると以下になる。

 ――中国の伝統的なスイーツ&スナックは、民族独特の風格を備えた食べ物であり、国内の各民族、各地方の労働人民の求めに応じるだけではなく、その一部は国際市場でも大いに人気を博している。

 毛主席の推し進めるプロレタリア階級革命路線の導く所によって、我が偉大なる社会主義の祖国は日々発展を続ける。殊に1966年の文化大革命発動以来、社会主義革命と建設の大事業は飛躍的な発展を見せるようになった。市場に商品は溢れ返り、物価は極めて安定し、人民の生活は絶え間のない向上を続けている。スイーツ&スナックを作る労働者の日々の努力によって、質は向上し、民族の特色が強調され、新商品が次々に生み出され、社会主義市場をより一層豊かなものにしている。

 「経済を発展させ、供給を保障しよう」の総方針を徹底して貫徹させるため、生産現場の要求に応じ、経理部門の参考に供するため、1964年に出版した『上海各式糕点制法』を改定し再版した。改定に当たっては、『上海各式糕点制法』で扱った品物を再度取捨選択すると共に、「四旧」を現すような表現を削除した――

 四旧とは文革を象徴するスローガンの一種で旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣の打破を狙ったもの。66年8月の文革発動と同時に、毛沢東は紅衛兵を「新しい時代は、朝の太陽のような君たちのものだ」と煽てあげ、四旧打破を焚きつけ、それまでの政治・社会秩序を根底から破壊させ、政敵である劉少奇らを追い詰めていったのである。

 『上海各式糕点制法』のどこが「『四旧』を現すような表現」だったのか。今となっては知りようもない。だが、それしても「四旧」の部分を改めて書かれた伝統的なスイーツ&スナックのレシピとは。伝統を否定しながら伝統にこだわる。ゴクロウなこった。  《QED》