【知道中国 387回】 一〇・五・初七
――字を見てせざるは勇なきなり

   『看図認字』(上海人民出版社本社編 1972年)

 12センチ四方ほどの大きさの絵本。幼児に絵を見ながら漢字と発音を覚えさせようという意図で編集されている。それだけに、どの頁にも当時の政治が幼児、つまり未来の中国人民に何を求めていたのかが浮かび上がっていて興味尽きない。

 先ず表紙だ。顔を正面に向けて斜めに構える愛くるしい女の子は、右手の人差し指で、左手に持つ絵の中に描かれた翩翻と翻る五星紅旗を指している。表紙を繰ると、最初の絵は青空を背景に大きく描かれた国旗。その上に「guo qi」と発音がローマ字表記の発音が振られている。次が天安門。さらに頁を繰ると、見開き2頁に左から溶鉱炉の火花を背にした工人(労働者)、天秤棒の肩にした農民、銃を抱く解放軍、銃を肩にした民兵(女性)、マイクを手に交通整理をする人民警察(女性)、麦藁帽子を背にして農村を行く赤脚医生(はだしの医者/女性)、『毛主席語録』を大事そうに胸に抱える紅衛兵(女性)、槍を手に胸を張る紅小兵。誰の左胸にも毛沢東バッチが燦然と耀く。数えると男女同数。おそらく「天の半分は女性が支えている」という毛沢東の考えが反映されているのだろう。同時に、これらの人々が当時の中国にとっての理想的な国民像であることを表しているように思える。

 さらに頁を繰ると、次は理想的な家族像が描かれている。こざっぱりとした人民服で「人民日報」を読んでいる爺爺(おじいさん)、やさしそうな眼差しで針と糸を手に繕い物をする??(おばあさん)、短く刈り込んだ頭で新聞を読む??(おとうさん)、活動的な髪型で優しそうな目の媽媽(おかあさん)、収穫物の入った籠を背にした哥哥(にいさん)、二本のおさげも可愛らしい姐姐(ねえさん)、マリを抱きぷくぷくと太った弟弟(おとうと)、女の子の人形を大事そうに抱える妹妹(いもうと)――三世代の胸に耀く毛沢東バッチ。一人っ子政策など考えられもしなかった当時の理想的な家庭像だ。もっとも「人が1人増えれば口は1つ増えるが手は2本増える」と人口増は生産増に繋がると妄信しきっていた毛沢東の考えに従うなら、一人っ子政策などあってはならない反革命的大罪となる。

 続く2頁は乗り物。?車(トラック)、轎車(乗用車)、火車(汽車)、電車、救護車(救急車)、自行車(自転車)、消防車、輪船(汽船)。さらに頁を繰ると、ミグ戦闘機をライセンス生産したスタイルのジェット戦闘機、軍艦、大砲、坦克(タンク=戦車)、手榴弾、地雷、大刀(青龍刀)、歩銃(ライフル)など兵器が並んでいる。次の頁は槍を肩に分列行進の訓練をする軍服を着た紅小兵の集団が描かれた軍訓(軍事訓練)、スイミング・キャップの女の子のクロール姿の游泳(水泳)、三つ編みの女の子がイチ、ニッ、サンと体を動かす做操(体操)など子供の遊びだ。

 稲、米、麦、高粱などの穀物、牛、羊、馬、猪(ブタ)、鶏などの家禽類、鍋、碗などの日用雑貨、枇杷、梨、桃子(桃)などの果物などに続き、これまた毛沢東バッチを胸に抹?(テーブル拭き)、掃地(庭掃除)、拍蒼蝿(ハエ取り)、種樹(植樹)など手伝いに励む良い子たちが描かれている。

 まさに文化大革命の時代である。なには差し置いても真っ先に毛沢東が描かれていてもよさそうなものだが、そうではないところが興味深い。とはいうものの、当時の権力者たちが求めた理想的な中国の子供像の一端を垣間見せてくれる絵本といえるだろう。  《QED》