【知道中国 314回】 〇九・十二・念三
――革命的な衣裳を剥ぐと・・・古色蒼然とした思考形式だった

   『日常応用文』(学群編写 上海人民出版社 1973年)

 この本は手紙、電報、事務的文章、メモ、議事録、通知、事務連絡、祝い事、契約、計画、報告、日記、議事録、大字報、春聯など誰もが日常に接する文章の書き方を学ぶハウ・ツーもの。出版された時代が時代だけに、ハウ・ツーものであっても毛沢東思想に溢れ返っていることは致し方のないこと。
 その一例を、黒龍江省に下放された息子が「貧農下層中農と共に日々大地と戦い、彼らからの再教育を虚心に受けている」と信じる父親の手紙にみると、「息子よ、お前たちの世代は実に幸せだ。父は旧社会にあって政治的には圧迫され、経済的には搾取を受け、牛馬のような生活を強いられた。だが今日、党と毛主席のお陰で国家の主となったのだ。いまの我が身は共産党を忘れない。いまの幸せは全て毛主席から授かったもの。父は働きながらも世界に目を広げ、革命の為に全力を尽くしたい。お前が毛主席の教えをしっかりと記憶し、驕慢にならず革命の大道を胸を張って進んでいくことを、父も確信する」とある。

 中国全土が、こんなリッパな父親と息子に溢れていたら、さぞや素晴らしい理想的な共産主義大国に成長していただろう。考えただけでも、空恐ろしい限りだ。

 冒頭に掲げられた「手紙と電報を書くうえでの心得」も「革命書信寄深情、五湖四海心連心。開頭先把称呼写、正文叙述層次清、結尾致意共勉励、姓名、月日写分明。
若有急事拍電報、言簡意明細訂正」。なんとシッカリと七言八句で、しかも韻を踏んでいる。

 これを訳してみると、「深情(おもい)を伝える革命書信、心と心で五湖四海(せかい)を結ぶ。最初に正しく相手の名前、次に思いをしっかり書いて、結びは互いに励まし合って、名前と月日はしっかりと。急ぎの用事は電報で、心を砕いて簡明に」といったところか。やや無理があるが、この文章の中国語音をカタカナ標記してみると、「ゴウミンシュシン・チイシェンチン、ウーフースーハイ・シンリェンシン。カイトウシエンバー・チョンフーシエ、チョンウエンシューシュイ・ツォンツーチン、チエウェイジーイー・コンミエンレイ、シンミンユエリー・シエフェンミン。ルーヨウジーシ・パイディエンパオ、イェンチェンイーミン・シーティンチョン」。もうお判りだろう。「情(チン)」「心(シン)」「清(チン)」「励(ミエン)」「明(ミン)」「正(チョン)」と「ン」で揃えてある。だから調子がよくて覚え易い。

 一見すると革命的だが、どの例文にも溢れ返る毛沢東と党の文字を除くと極めて形式的。文章上の歴史と伝統が息づく。革命的四六駢儷体といったところだ。

 なんのことはない。彼らは頑迷固陋で伝統的な文章形式を墨守しているにすぎないのだ。形式は思考方法を導くもの。漢字を使っている限り、漢字が醸しだす形に嵌った古色蒼然とした考えから解放されることはなさそうだ。古来、彼らは漢字という四角四面な文字と音から逃れられることはできなかった。いや漢字とその音に捉われ続けてきたのだ。敢えていうなら、彼らは漢字という文字の《形と音の囚人》である。漢字を使ってコミュニケーションをしている限り、彼らは漢族であり続ける。その意味で言うなら、49年の建国直後に起こった「漢字を使うな。ローマ字表記にせよ」との主張は、確かにゼッタイにカクメイテキに正しかった。あの時、漢字を廃しローマ字表記にしていたら、中国人は現在のように野郎自大で尊大極まりない態度をとることはない・・・わけないよナ。  《QED》