参議院選と安倍首相の決断         塚本三郎

正念場を迎えた民主党
 民主政治とは、世論という神の見えざる手による業か、或いは愚かなる民の政治か。
 マスコミの予想通り、参議院選挙は民主党の圧勝となった。政府、与党の自惚れに、反
省と自戒を求める、神の厳しい戒めではないか。
 民主党は、早速参議院議長の席を占め、安倍首相の退陣を求め、更に政権交替の為に、
まず衆議院を解散せよと主張している。勝利を与えてくれた民意を、そのまま衆議院選挙
へと繋げて、政権交替への道を拓くべく主張している。
 民主党が、責任ある政党として、信頼し得る政党と、国民は期待したのであろうか。
 民主党勝利のキメテは、安倍内閣による、「敵失」である、と各紙は報じた。例えば、攻
撃に晒された年金問題、加えて閣僚の不適切発言、及び政治家とカネの問題等、各閣僚の
不信についての、任命責任が安倍首相に大きく問われた。
 それ等の点について、国民の不安と不信の怒りを、完璧に捉えて選挙に臨んだのが小沢
一郎氏であった。小泉前首相そっくりの手法、即ちワンフレーズを逆用し、マスメディア
を百%活用し、敵失を巧みに利用した。とりわけ、一人区で圧勝したのは、小泉首相の「自
民党をプチ壊す」との言明によって、厳しく対処した成果でもある。
 ありていに言えば、過疎地こそ、田中角栄政治の金城湯池であった。即ち、大都会から
吸い上げた税金を、これ等の地方へ、補助金、交付金、土木、建設予算として、自民党な
らではと、莫大な資金を注入し、援助漬けにして守って来た、保守王国の地域であった。
 小泉内閣は、それを寸断して、喝采を浴びた。しかし、振り返ってみれば、中央からの
援助を分断されたことを憎んだ、この地の人達は、田中角栄の申し子と自負した小沢一郎、
田中真紀子が、「弱者切り捨て、生活第一」と、改革に対する不満を煽り立てた。その作戦
が功を奏して、二十九の一人区において二十三県で民主党勝利の逆転劇となった。
 寒村僻地の振興は、「自立させる為の具体策が不可欠」で、中央からの援助のみでは、永
久に、かかりびととして一人立ち出来ない.そこにメスを入れだのが小泉前首相だった。
 折角、小泉氏が改革を進め、地域格差是正の為の第一歩を進めたのに、その最初の痛み
を取り上げて、再び田中角栄氏の列島改造の昔に戻して良いのか。
 保守党から革新野党に移った、小沢一郎氏と田中真紀子氏が、革新政党の頂点に立って、
昔の利権政治を取り戻すことを、「弱者切り捨て」と切り返した。その叫びを少しも不思議
に思わず、大々的に加勢したのは多くのマスメディアだった。結果は驚くべき一人区の逆
転劇となった。
 この選挙で年金の不信を暴き、国民の怒りを煽って勝利を得たが、今後は、民主党なら
ばどう改めるのか、具体的政策を、堂々と示し、国民の支持を得なければならない。
 まして、衆議院の解散を求めて、政権を期待するならば、国家の基本である憲法改正、
外交、防衛、更に教育の基本に対する 「理念と政策の提示」 が不可欠である。
 国民の不信と不安を煽り続けた民主党は、今日まで、政権担当に必要な、国政の基本問
題については、具体的に提示することを避けて来た.否、政策として議論を深めれば、種々
の異なった思想の集団であるから、政党としての結論を得るまでに、分裂の危機を招く心
配があった。だから単に「反自民」で集まった党と、椰捻された。
 民主党は、大躍進したことで、漸く正念場を迎えた。今改めて国政の基本と、課題を国
民の前に明確に示さねばならない。
 当面の課題として、十一月で期限が切れる、テロ対策特措法。国際貢献のための自衛隊
のインド洋派遣に対し、小沢一郎氏は延長反対を表明した。
 選挙で勝ったから、安倍を追い詰めたいからといって、「日本を国際的孤児」に追い込ん
でよいのか。かつて湾岸戦争で、莫大な金を提供しながら、人と物を惜しんで軽蔑された
二の舞は、自由世界に住む日本の恥の上塗りとなる。勝者民主党には重責が待っている。

泥沼に立つ安倍首相
 窮地に陥っている安倍首相は、個人的には恐らく、責任をとって辞任したいであろう。
 年金の問題に加え、僅か十ケ月足らずの間に、四名の大臣が辞任せざるを得ない事態を
招いたことは、自らの任命責任と、未熟さを悟らざるを得なかったはずだ。
 恵まれ過ぎる環境に生まれ育ち、充分な経験を経ないまま、日本国家の頂点に位するこ
とが出来た安倍首相には、大変なツケ、余りにも手厳しい試練が待ち受けていた。
 今日の選挙結果をみて、天は何事も平等だと見せつけられた気がする。この際は、一歩
引いて、再起を期する手も無くはなかった。まだ若いから次の機会はきっと出て来ると。
 だが本人は、苦難の泥沼を突き進むと決断した。苦難を試練と活用する決意とみた。
 首相の責任は極めて重い。個人の「意志や情」以上に、憲法の条文、与党内の情勢、更
に国際的外交関係等々、一身上の都合での進退は出来かねるものである。
 憲法第五十九条には「参議院で否決された法案は、衆議院で三分の二の議決で法律とな
る」と明記されている。現在与党は、衆議院で三分の二以上の議席を占めているから、国
会運営は厳しいし、安易に用いるべきではないが、この条文の如く国会は乗り切れる。
 そして自民党内に、安倍首相に代る、救国に燃えた有力候補が現状では居ない。次の交
替の準備なき時は首相の交替は、党だけではなく、日本の混乱を招くだけではないか。
 安倍首相はこれらの点を勘案して続投を決断したに違いない。安倍路線は真っ当である。
そして憲法改正、教育基本法改正、防衛省への昇格、更に高級官僚の天下り禁止の措置等々
は、自民党本来の主張であり、短時間で成立せしめたことは見事であった。
 もちろん、小泉前首相の衆議院選の圧勝の遺産の賜でもあった。
 それをしも、事毎に急いだゴリ押しと、各メディアは繰り返した。一定の審議時間を経
て、なお議決を行なわせない為の、物理的抵抗を排除したが、なおゴリ押しと評した。
 年金に対する社保庁の、考えられないような事態は、既に語りつくされている。その責
任は、政府と長官に在ることは言うまでもない。それと共に、その悪の同伴者は、野党と
彼等を支援して来た自治労と呼ぶ、左翼労組であることも、時と共に明白となっている。
 それをメディアが殆んど報道することなく、一方的に、今度だけは「安倍を倒せ」と言
わぬばかりのやり方は、言論の自由の備向ではないか。
 政治とカネについても同様である。政治献金を廃して、政党助成金等の公金となったか
らには、その収支は明確でなければいけない。特に大臣ともなれば。
 ならば他の議員はどうでも良いのか。小沢一郎氏が十億円を不動産に投資した点や、そ
の他の話などはどうなったのか。なぜメディアは野党の不正の件は取り上げないのか。、
 政治とカネの問題は、余りにも敏感な問題である。
  「君主は、部下の命を取り上げることがあっても、財産には手を付けるな」と言ったの
は『君主論』の著者、マキャベルリと記憶する。
 財産よりも人命の方が尊い。しかし、人命はやがて消えてなくなる。財産はいつまでも
残、子から孫へ、一族に渡すことが出来るから。統治者の権力の本質を突いた言葉だ。
 政治とカネ及び、不適切発言として、四名の大臣が交替の止むなきに至った。安倍首相
の任命責任を問われ危惧されたのに、放置したことが致命的だった。

安倍は本来の主張を貫きプレルな
 従来の自民党は政治権力在っての自民党であった。かつて、細川、羽田両内閣の時、野
党暮らしに堪えられず、ポロポロと連日の如く脱党する議員が続き、あと一年も経過すれ
ば自民党は、溶けて無くなると評された時代があった。
 致し方なく、相対立していた村山富市社会党委員長を首相に、土井たか子氏を衆議院議
長に、自民党が戴くという屈辱を重ねて、漸く政権を取り戻した。
 その為に日本国家は、どれ程の傷を負ったことか。日本が「謝罪国家」と軽蔑された村
山談話は、いまだに日本外交に暗い影を引きずっている。
 今日の自民党は、公明党と連立政権を組んでいる、連立政権を非難するのではない。連
立を保つならば、政権を維持する責任上、内部の対立する意見を、外に向かって述べるべ
きではない。にもかかわらず、事ある毎に与党内の意見の相違が、弁明らしく外に向かっ
て語られれば、安倍内閣は「プレている」とみられる。
 安倍政権の最大の目標は、憲法改正であり、教育基本法の改正であり、高級官僚の天下
り禁止等であると表明して来た。既に成立した教育基本法は、公明党への配慮からか、基
本的な部分で、修正を余儀なくされた。憲法改正の柱は第九条の改正に在る。公明党は第
九条は改正しないと言明している。まして、外交防衛について「日米同盟」を重視する自
民党と、それに対立する「親北京」の公明党が、どうして同一政権内に居られるのか。
 政権欲しさゆえの「野合」とみられて、自民党も、公明党も支援者のみならず一般評論
家からも冷笑されている.
 そもそも、従来から自民党を支持して来た保守主義者は、共産党と公明党を、最も避け
るべき党と自認して来た.
 永く自民党政権を支えて来たと自負する、多くの自民党支持者は、今回の選挙では、心
ならずも、民主党へ投票した人が余りにも多かった。一部の調査では、前衆議院選で投票
した人の半分は民主党に逃げたという。
 それら身内とも言うべき、旧来の自民党の支持者を振り捨てて、公明党と二人三脚をい
つまで続けるつもりなのか。
 失礼ながら、公明党が自民党の「生命維持装置」と呼ばれるのは勝手である。しかし、
本体の自民党は、やがて衰弱して自立不可能となる。それは双方にとって不幸である。
 安倍首相は、本来の主張を貫き、徹してプレてはならない。それが為に政権を失うこと
も覚悟してかかるべきだ。自民党は浮沈をかける時が来た。安倍首相は未だ若い、しかし
決意した以上、あとが在ると思うな。有権者は聡明と信じよ。自民党の盛衰は、日本国の
命運に直結している。
                                平成十九年八月上旬